読書の愉楽

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有栖川有栖「女王国の城」

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「本が好き!」の献本第11弾。

 

 いきなりだが、ぼくは有栖川有栖氏の作品のあまりよい読者ではない。なぜならば、数多くある氏の作品のほとんどを読んだことがなく、かろうじて読んでいるのがこの江神シリーズだけなのだ。さらに重ねて告白するが、本作でこのシリーズは四作刊行されているのだが、よく考えてみると二作目の「孤島パズル」は未読なのである。どうしてシリーズ物の途中巻を未読のまま次に進んでしまったのか、いまではまったく思い出せないが、結果的にそうなってしまった。

 

 で、本書なのである。前作「双頭の悪魔」から十五年の月日を経てようやく刊行された江神シリーズ第四弾。いったいいつになったら出るのか、と首を長くして待っておられた向きも多いことと思う。ぼくもこのシリーズには幾ばくかの思い入れがあるので、実のところ待っていた。ここでまた断っておくが、かなり評判の良い「双頭の悪魔」はぼくにとってはあまり魅力を感じないミステリだった。確かにロジックの構築は素晴らしく、三度も挿入される「読者への挑戦」はいやがうえにもテンションを引き上げるし、ミステリとしての結構はおそろしく堅牢だった。だが、肝心要のトリックや動機に関して少々拍子抜けの感が否めなかった。これだけ長いのに、しっかりロジックも構築されてるのに、なんかしょぼいなと感じてしまったのだ。にも関わらず、どうして思い入れがあるのかというと、有栖川氏のデビュー作でもある「月光ゲーム」がマイ・フェバリットだからなのだ。この作品は副題に「Yの悲劇’88」とついているとおりクイーン信者である氏のミステリロジックが最良の形で盛り込まれた作品で、どうしてこれが江戸川乱歩賞の受賞を逃して、幾多の出版社をたらい回しにされるという憂き目にあってしまったのか理解に苦しむほど大きなカタルシスを味わわせてくれる作品だった。もし、この作品が鮎川氏の目にとまらず埋もれてしまっていたら、いまの有栖川氏はなかったかもしれない。それを思うと、鮎川氏の慧眼に感服しきりなのである。





 前置きが長くなってしまった。というわけで本書なのだが、これはブログ内でもみな指摘しているように長いのである。上下二段組で500ページもある。さすがに長さに辟易して本を閉じるなんてことはなかったが、それにしても副次的な事柄に割かれるページが多く散見され、これは意図的なのかハイレベルのミスリードなのかと裏読みしたりして正直疲れた。ミステリの結構についていえば、これはこのシリーズの特色なのだろうが、今回もクローズド・サークル物である。このシリーズを読んだ人ならもうおわかりだろうが、すべての作品がこのクローズド・サークルで成り立っている。先にも書いたとおり第二作である「孤島パズル」は未読だが、タイトルから判断してこれもおそらくクローズド・サークル物なのだろう。今回は新興宗教団体の総本部である奇妙な『城』が舞台となっている。ここに我らが江神一行がまたまた閉じ込められ、連続殺人事件に巻き込まれてしまう。

 

 クローズド・サークルは、名探偵のためにある舞台だ。警察の介入もなく科学的な捜査が入らない現場での犯行の特定には純粋な推理でしか太刀打ちできない。ゆえに、このシチュエーションは本格物では王道なのだ。今回も江神の推理は冴えわたる。これは個人的な意見なのだが、もともとぼくは犯行時刻における各人のアリバイなんていうものがあまり好きではない。物語中に挿入されるタイムテーブルなんて大嫌いなのだ。だから自然注目してしまうのは、どうしてそうなってしまったのか、なんていう消去法に基く推理や、みんなの目に映っていたものには実はこういう意味が隠されていたなんていうミスディレクション絡みのトリックなのである。今回この部分ではおおいに満足した。しかし、メインの部分でのトリックの根幹に少々不満が残った。ことさら作者はその部分を強調して描いているが、それでもやはりこの部分には弱みが残る。未読の方もおられるだろうからあまり詳しくは書けないが、この部分は警察の介入があれば名探偵などいなくても事件は自然と解決していただろうと思わせる弱さがあるのだ。

 

 しかし、それをいってしまえばクローズド・サークル自体の構想が崩れ去ってしまうから、そこまで要求するのは作者にたいしても失礼なのかもしれない。だが、ロジックの構築において例え警察が介入していたとしても、おいそれと解明されないほどの完成度を要求したいのが、いちミステリファンとして切なる要望でもあるのだ。

 

 とまあ結構好き勝手に書いてきたのだが、それでもやはりこのシリーズには愛着を感じる。第二作を読まずして、なんのファンか!と怒られそうだが、やっぱりぼくもこのシリーズが好きなのだ。

 

 次の第五作でこのシリーズは閉幕となるわけなのだが、いったいこの愛すべき面々にどんな運命が待ちうけているのかはやく知りたくもあり、知るのがこわいなんていう変なジレンマに陥っている。何年後になるのかわからないが、気長に待とうではないか。おそらく、作者が還暦を迎えるまでにはお目にかかれるだろうとは思っているのだが。

 

 というわけで本書は概ね満足したが、少々不満も残った。読んだ人なら、みなわかってくれると思う。でもシリーズ自体が好きなので、読めたことはとてもうれしい。みんな、多分こういう感想なのではないだろうか。

 

 ところで、「孤島パズル」はおもしろい?