読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

マルセル・F・ラントーム「騙し絵」

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 まずおもしろいのがこの本の成立過程。第二次世界大戦時にドイツの捕虜収容所で本格ミステリマニアのフランス人が暇つぶしに書いたミステリだというのだから驚いてしまう。そこで彼は素人探偵ボブ・スローマンを主人公にしたミステリ三作品を書いた。本書はその中の二番目の作品というわけなのだ。

 

 本来、フランス産ミステリはあまり性に合わないから敬遠しているのだが、本作は厳重な監視体制の中、偽物にすり替えられたダイヤモンドの謎を解く不可能犯罪ミステリだということなので、あの懐かしの『怪人二十面相』風ミステリが味わえるのではないかと読んでみたわけ。

 

 まず驚いてしまうのが本を開いてすぐに舞台となる館の見取り図があること。うーむ、かなり本格的だ。

 

 いつもなら、こういう辛気臭いものはすっ飛ばして本編に突入するのだが、なぜだか今回はじっくり睨んで詳細に検分する。すると、あった、あった。いかにも不可思議な空間だ。これは乱歩が愛した『鏡の部屋』ではないか。絶対ここが臭いはずだ。うんうん間違いない。本書を読む前からこうして見当つけてしまうのは本意ではないが、だってこれはまったく不自然だもの。間違いないな。

 

 で、本編。フランス産にありがちな詳細な記述もなく、スラスラと流れるような筆勢で進んでいく物語にまず好感をもつ。導入部は、数奇な運命を辿るダイアモンドの冒険譚だ。そして、現在の時間軸に突入し物語は動きだす。空間を瞬間移動する研究を続けているなんていうSFまがいの科学者が主要人物で登場したりするから侮れない。ダイアモンドが消え、密室から人が消え、大きな乗り物まで消失してしまうという大盤振る舞い。いやはや、この捕虜さん筋金入りのミステリマニアだなと感心してると、あの黄金期ミステリには付き物だった『読者への挑戦』がはさまれ、妙に興奮してしまう。それから展開される解決編は、もっともらしい三つの仮説が披露された上で本命の登場。いやあ、わかってるね、やはりミステリはこうでなくちゃいけません。真相自体はさほど驚くものでもないのだが、全体から受ける印象が素晴らしいので、それでもいいかと思ってしまう。探偵が没個性的なキャラなのが玉に瑕だが、本書はなかなかの掘り出し物だと思った。いやあ創元さん、いい仕事してます。

 

 で、最初に言及した『鏡の部屋』なのだが、これがヨミ通りトリックの要になったかって?はい、やはりぼくのヨミに間違いはございませんでした。じゃあ、どうしてここでバラしてしまうのかって?それじゃあネタバレだろうって?いやいや、このことを知っていてもまず間違いなく本書のトリックを見抜ける人はおりませんから大丈夫なのでございます^^。