読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

麒麟児

「私の父は、昭和十年に奈良の西大寺に生まれました。父が生まれたとき、空の一角に垂直に昇る巨大な雲が見えたので、名前を龍雲と名づけられたそうです。この名前は、父を一生苦しめることになるのですが、その当時は麒麟児じゃ麒麟児じゃといって、みんながたいそう喜んだそうです。
 父の子供時代は戦争の時代でした。日中戦争第二次世界大戦と大きな戦争が日本をのみこみ、乳飲み子だった父は戦争の大きくて暗い影の中で、それでもすくすくと成長したそうです。
 父の十歳の誕生日の二ヵ月後、日本は終戦を迎えます。このとき玉音放送を聴いた父はくやしさのあまり舌の一部を噛み千切ったそうです。それゆえ父は自分の名を性格に発音することができなくなってしまいます。『りゅううん』というところを『ぐうぅぅん』としか発音できなくなってしまったのです。
 これが第一の悲劇となります。舌の一部を失くしたことによって、自分の名前はおろか通常の日常会話でさえ満足にできなくなっったのです」

そこまで言うと、女は吐血して果てた。