読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

芦原すなお「雪のマズルカ」

イメージ 1

 芦原すなおといえばデンデケデケデケで直木賞とった人くらいにしか認識がなかったのだが、そのうちミステリーを書くようになったなと傍目で流してたいしたことないんでしょと胡坐かいていたら、これが結構な評判なのでオロロと驚いて何か読まないといけないなと思いながらも、いつものクセで伸ばし伸ばしでいままできてしまったが、ようやく彼の作品を読むことができた。ふう。でも、ここで代表作と目される「ミミズクとオリーブ」のシリーズを読まずに本書から読むってところがひねくれてるでしょ?

 本書は私立探偵笹野里子が遭遇する四つの事件を描いた連作ハードボイルドミステリである。であるからして、ここに登場する笹野里子はタフな女なのである。不可解な死を遂げた夫の後を継いで私立探偵になった彼女は汚い世界にも加担に立ち向かい時には荒っぽいことも辞さず、解決しても気の滅入るような事件をこなし、いまではいっぱしの探偵になっている。

 そんな彼女が直面する四つの事件は実業家の孫娘が陥った暗くて救いのない話にはじまり、売り出し中の女優の素行調査で浮かび上がる不快な因縁や、凄惨で残忍な殺人をめぐるハードな事件、夫の死の真相が浮かび上がる醜悪な事件と、どれをとっても陰惨な印象を受ける事件ばかりだった。

 ミステリとしてのサプライズは薄いかわりに、里子の起こす行動の衝撃と事件の陰惨さで妙に心に残る奇妙な本である。

 一編の長さは60ページ程。だから展開は非常にはやい。性急すぎていささか呆気ない。事件の解決に至る過程が短いゆえに、入り組んだプロットの妙味は味わえない。どちらかというと、配役の決まった安易な二時間サスペンスをみている感覚に似ている。

 だが、本来ならそれだけでミステリ作品の価値が無くなるに等しいのにも関わらず、本書は一読忘れがたい印象を残す。それは先にも書いたように、ひとえに主人公である笹野里子の行動原理によるところが大きい。彼女はそんなことしないだろうなとタカをくくってる読者の横っ面を張りとばす行動をとるのである。それは抑鬱から解放されたかのような行動であり、およそ人間的でも現実的でもないのだが、それが成立してみえるのは作者の手腕によるところが大きいだろう。

 本書を読んで不快感を示される方も多いかもしれない。だがぼくは肯定した。この世界を受け入れた。

 もっと彼女の物語を読みたいと思った。願わくば、彼女を主人公にした長編作品を読んでみたい。

 どっぷりとこのいささか不条理な世界に浸かってみたい。

 そう思った次第である。