もともと早川のポケミスから出ていた本なのだが、ミステリ色は薄い。警官が出てきて事件も起こるのだが、ミステリとしての特色はないのである。では、いったい本書には何が描かれてるのか?
本書には5人の女性警官を主人公にした短編が10編収められている。
作者自身ルイジアナ州のバトンルージュ市警で五年間制服警官として勤務した経験がある。本書で描かれる女性たちは作者なのだ。ここで語られる様々なエピソードは作者自身が体験したものなのだ。
警官が日々考えること、仕事に対する態度、凶悪な犯罪とそれに対処する心得。実際に体験してなくては語ることのできない生の声がここには溢れている。
初めて人を射殺したときの話、慣れることのない死体の匂いの話、職務の恐怖という重圧、事故現場での血まみれになりながらの救命措置。
なかでもリズの章に収められている「場所」という作品は、作者自身が退職する原因となった自身の交通事故体験が反映されていて興味深い。
しかし、なんといっても圧巻はラストのサラの章に収められている「生きている死者」と「わたしがいた場所」である。
生きながら片方の乳首をちぎられ、歯を二本抜かれ、中指を切り落とされ、腹部と大腿の五ヵ所に火のついた煙草を押しつけられ、テニスラケットを胸骨の下まで膣に押しこまれた主婦の死体。
少し離れた隣人の「様子が変だ」という通報によってかけつけたサラは、現場につくなり窓や勝手口の網戸に群がる無数のハエをみて、最悪の事態を確信する。このあたりがリアルだ。臨場感といってもいい。サラは事実のみを受け入れ、感情は殺そうとする。そうしないと身体がもたないからだ。
しかし、あまりにも凶悪で残酷な犯罪はベテランの警官でも精神的にかなりの影響を受けてしまう。
気持ちが高ぶり、何度も無残な死体を思い起こしてしまう。
この「生きている死者」では、サラたち女性警官が集ってとんでもない事態に陥ってしまう。本書の中で唯一驚く展開だった。
次の「わたしがいた場所」では、あまりの重圧に現実から逃避したサラが登場する。彼女はニューメキシコで新しい職につく。牧歌的で魔術的なメキシコ人たち。警察世界を退いたサラは、そこで生活の基盤を固め周囲に馴染んでいく。大きな事件は起きないが、忘れがたい作品だ。
全10編、おおいに堪能した。事実のみが語られ、しかしその重みがしっかりと作品に定着している。
安心して読めて尚且つ新鮮で、余韻がある。手堅い作品集だった。