十三編の短編とショート・ショートが収められている。
本書は、クローバー、ダイヤ、ハート、スペードの四つの章に区切られている。
クローバーの章では、夢の断片のようなとりとめない三作が続く。三編とも少年が主人公になっていて
夢幻的な世界が描かれる。短くてあまり印象に残らない。
次のダイヤの章では佐伯千尋シリーズが三編続く。「震えて眠れ」と「空白のかたち」はニューロテ
ィックな作品で、じりじりと追いつめられる感覚が描かれる。
特に「空白のかたち」はディッシュの「リスの檻」やヒルの「脱出経路」と同様の閉所的な圧迫感とア
イデンティティの喪失といった悪夢的状況が描かれ、なかなか読ませた。
竹本自身がグロくてエグイという「非時の香の木の実」は、彼の官能作家としての資質が炸裂した作品
で、「ウロボロスの偽書」に登場したような破壊的な陵辱場面が出てくる。千尋さん、「ウロボロスの偽
書」でもエライ目にあってましたが、今回もエライことになっちゃってます。これは女性にはオススメで
きません。
次のハートの章ではノンジャンルの奇想小説が四編続く。なかでも秀逸なのが「白の果ての扉」である
。これは実体験をもとにして書かれたらしいが、カレーの激辛バトルを描いて神の領域に近づこうとす
る話なんて誰が考える?大真面目に語られる詳細なカレーバトルが、本来ならギャグにもなりかねない
素材なのに竹本氏の筆にかかると神々しい輝きをはなつから不思議だ。
表題作でもある「フォア・フォーズの素数」は、かなり実験的な作品。四つの4と記号を使って0から
順番に数字を作っていくというパズルなのだが、これが延々続くのである。4+4-4-4=0、
(4+4)÷(4+4)=1・・・・・・という具合にこれが100まで計算されつくすのである。
かつて、こんなに大胆な試みをした作品があっただろうか?理数系でないぼくでもこれはおもしろく読
んだ。
次のスペードの章ではシリーズキャラクターが登場する。
まずはゲーム三部作で有名な牧場智久が活躍する「チェス殺人事件」。トリックは小技だが、結末のつ
けかたが新鮮だった。ちょっとしたリドル・ストーリーになっている。
「メニエル氏病」は、トリック芸者シリーズ唯一の短編。あの「ウロボロスの偽書」で初お目見えとな
った酉つ九が登場する。驚くのが、いきなり舞台が宇宙になっていることである。酉つ九は矢崎と一緒
に茶室つき数奇屋仕様の太陽系内船行船『WABI8000』に乗り込み、宇宙旅行をしているのであ
る。ここで語られる事件の真相はホーガン「星を継ぐもの」を想起させる壮大なもので、ぼくは大好き
なのだが、これはいってみればバカミスなのである。トリック芸者ファンとしてはかの有名なセリフ
『そこはそれ』に再び出会えたのがうれしかった。
次の「銀の砂時計が止まるまで」は、バーミリオンのネコが登場する。竹本自身が自分の短編の中でも
っとも気に入ってるというこの作品は少年を主人公に据え、ネコとの交流を哀しく描いている。なかな
かよかった。
というわけで十三編バラバラの作品を寄せ集めたような印象を受けるが、これはこれで良かった。
ミステリ、ホラー、奇想、SF、ポルノと色々楽しめる短編集ではないだろうか。