読書の愉楽

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「ゾラン・ジフコヴィッチの不思議な物語」

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 セルビアベオグラードといわれても、まるっきし何処かわからない。それが旧ユーゴスラビアといわれてもあまりピンとこない。本書はそんな遠い国の作家の本である。

 

 ゾラン・ジフコヴィッチはベオグラード大学の創作文芸の教授。本書には彼の手になる三つの短編が収録されている。タイトルにもあるとおり、三編ともに『奇妙な味』テイストの話でミステリ好きSF好きなら存分に楽しめる仕上がりとなっている。なかでもぼくが一番気に入ったのは巻頭に配置されている「ティーショップ」。主人公は旅行の途上にある女性。列車の遅れで二時間半の待ち時間ができた彼女は駅前のティーショップに行って時間をつぶすことにするのだが、四ページもあるメニューを見ればそこにはキャベツのお茶、ニンジンのお茶、イラクサのお茶なんて奇妙なお茶が目白押しで、果ては風のお茶、雲のお茶、春のお茶なんて突拍子もないお茶が並んでいるのである。そこで彼女がオーダーしたのは『物語のお茶』。物語を心から愛している彼女にはまさにうってつけのお茶なのだが、これを飲んだ彼女には文字通り物語が押し寄せることになる。

 

 いってみれば、ありがちな展開なのかも知れないが、ここで語られる連鎖する物語のおもしろさは格別だ。それが円環となってウロボロス的に続いている様はすごく魅力的なのだ。ラストは予想通りになるのだが、それでもこの話の魅力は薄れない。好きだなぁ、こういうの。

 

 次の「火事」はまさしく幻想小説の真骨頂ともいうべき作品で、これは安易に語ってしまうことのできない作品。夢と現実が曖昧にぼかされてゆき、そこに誰にも真似することの出来ない鮮烈なイメージが覆いかぶさってくるのである。

 

 ラストの「換気口」は、その素っ気無いタイトルからこんな物語が立ち上がってくるとは誰にも予想できない作品だといえるだろう。未来を予測することが出来るという女性が拘束衣を着せられ閉じ込められている真っ白な部屋。装飾品は一切なく頭上高いところに人間の出入りできない換気口がひとつだけ取り付けられている。彼女は自殺未遂でここに入院している患者なのだ。そこへ訪れる一人の医師。話を聞く医師に彼女は拘束されたままで再び自殺すると言うのである。いったいどうやって自殺するというのか。また未来が見えるという彼女がどうして自殺を試みようとするのか?

 

 この作品は三編の中で一番ミステリ色が濃い作品である。ひとつ忠告しておくが本書にはページの上部にイラストが描いてあるのだが、この「換気口」だけはパラパラと最後まで見てしまってはいけない。最後のページで少し仕掛けが施してあるので、それを堪能したい方は絶対パラパラしないように。

 

 というわけで、三編簡単に紹介したが、これは是非一読していただきたい本なのだ。だが、本書を手に入れようと思って本屋に行ってもそこには置いてないので、ご注意ください。本書を購入したい方はamazonで注文しなければ買えません。ぼくもそうして、一ヶ月くらい待ってようやく手に入れたのだ。

 

 三編のみで八百円ちょいというのは割高に感じるかもしれない。造本もペーパーバック仕様でとても薄いが、ぼくは充分堪能できたので不満はなかった。興味のあるかたは是非手に入れて読んでみてください。