読書の愉楽

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宇月原晴明「聚楽 太閤の錬金窟」

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 本書は「信長 ― あるいは戴冠せるアンドロギュヌス」で、第十一回日本ファンタジー大賞を受賞した著者の受賞第一作である。

 デビュー作を飛び越えて本作を先に読んだのだが、いやあ驚いた。大傑作ではないか。本書で描かれるのは、信長、秀吉、家康の三人の覇王の歴史である。それが壮大に、幻想的に、エキサイティングに描かれる。

 タイトルからもわかるように、本書のメインに据えられてるのはあの『聚楽第』である。この秀吉が平安京大内裏跡に築いた約42ヘクタールの広大な平城兼邸宅は、黄金太閤の名にふさわしく瓦に金箔をはり贅を尽くしたこの世の極楽ともいうべきもので、秀吉が関白を甥の秀次に譲ってからは、秀次の居所となった場所である。

 まず驚くのはこの今では確かな痕跡もなく、その威容を伝えるのは屏風に描かれた鳥瞰図のみという現の夢のような存在だった『聚楽第』が、眼前に現出した点だ。尚且つ、その地下に迷宮ともいうべき錬金窟を配し、妖異で蟲惑的な世界を描き切っている。

 荒唐無稽という言葉が、これほどぴったり当てはまる作品はめすらしい。いやいや、これは褒めているのであって、決してけなしているのではない。作者の術中に見事にはめられてしまった。

 この作者なかなかの巧者で、本書の構成もおもしろい。この本、文庫で700ページを越えるという長大な作品なのだが、その5分の1を占める序章と第一章はことごとく伏線の集合体として描かれているのだ。しかし、それがめっぽうおもしろい。読者の興をつなぎ、あきさせることなく本筋へと導く手腕はたいしたものだ。

 歴史的事実と伝奇的要素を結びつける新解釈も、まことに鮮やか。事実だけが残っている様々な出来事について、その裏に隠された真実を描いてみせるところなど、あの山田風太郎の手並みを思わせる。

 殺生関白秀次については、表面的なことしか知らなかった。謀反気があったということで本人が自刃したのは納得できたが、後日の京都三条河原で行われた正室、側室、子ら30人以上の処刑は、あまりにも惨い仕打ちだと思っていた。秀吉の怒りのみの解釈では割り切れない思いだったのである。

 それがどうだろう、本書で明かされる解釈の素晴らしいこと。

 しかし、この刑場での場面は酸鼻である。次々と首をはねられる女子の姿は正視に耐えない。

 その他、数々の文献に残る様々な不可思議な記述に次々とこたえていく構成の巧みさには舌を巻いた。

 三人の覇王の描き分けも素晴らしい。特に秀吉については、かつて風太郎の「妖説太閤記」で描かれた卑しくて醜悪ながらも敏捷な秀吉に感服したにも関わらず、この宇月原『秀吉』にはメロメロになってしまった。

 とにかく、本書は伝奇小説の傑作として永遠に記憶に残ることになるだろう。国枝史郎の「神州纐纈城」の再来などとオビに書かれているが、いやいや本書のほうが上でしょう。燃える城のプロローグから家康が死の床でつぶやく鮮やかなラスト一行の一言まで、間然することのない傑作である。