読書の愉楽

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皆川博子「戦国幻野 新・今川記」

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 今川義元というと桶狭間において大軍を率いていたにもかかわらず、はるかに少ない兵で奇襲をかけてきた信長に討たれたまぬけな将という印象しかなく、戦国大名のくせに公家のようなお歯黒に化粧をしていたという変わり者でマイナスの印象しかなかった。ドラマや映画で植えつけられた印象は強烈で、その功績をしらないぼくにとって今川義元というと、まるで道化の扱いだったのだ。

 

 そんな歴史の敗者を主人公に伝奇的な要素を加え自由奔放に描いたのが本書「戦国幻野 新・今川記」なのである。文庫本にして670ページ強という長い話なのだが、これがとてもユニークな構成をとっている。新聞の連載小説だったそうだが、皆川先生もなかなか大胆なことをする。先ほども書いたが本書はただの歴史年代記というわけではなく、そこに伝奇ロマンの要素を投入し大いにページ数を割いているのだ。その舞台となるのが富士の氷穴や樹海。富士の裾野に展開する伝奇ロマンといえば国枝史郎神州纐纈城」や白井喬二「富士に立つ影」などの大いなる先達の成果が挙げられるが、皆川女史も大胆な解釈で自由奔放に筆をすすめている。ユニークだと書いたのは、その割合がとても多いということ。仮にも今川記となっているが実際のところ本書の主人公は今川義元だと思うのだが、仏門に出されていた方菊丸、承芳時代が長く続き義元となって登場するのが物語が500ページ近く進んでからなのだ。桶狭間で討たれるシーンもとても簡潔に描かれ余韻もない。印象としては義元よりもそれを取り巻く他の人物により多くの筆が割かれているように感じた。個人的にはそこが少し不満でもあったし、伝奇要素に多くのページを割いているにもかかわらず、それがあまり印象深くなかったところが残念だった。試みとしてはおもしろいと思うのだが、本作は皆川作品の中では凡作だと言わざるを得ない。伝奇要素の主人公である炸耶様がなるほどその人物に行きつくのか!というおもしろさもあったし、史実を踏まえた上での大胆な嘘の投入は堂に入っていたし、そういった意味では興をつないで飽きさせないおもしろさはあったわけなのだが、やはり大作の割にはさほど印象に残らない作品だった。