これは、親戚のおばちゃんから聞いた話である。
おばちゃんが子どもの頃というから、昭和も一桁の時代の話。
その日、おばちゃんとお母さんは二人で近くの山に山菜を採りに行った。
午前中に出かけて山でお弁当を食べ、いっぱい山菜を採ってさあ帰ろうとした時にはもう夕方近かった。
いつも、通いなれたけもの道。迷うはずがない。
しかし、迷ったのだそうだ。行けども行けども出口に辿りつけない。
何度も同じ大木の前を通る。
勘違いではなく、確かにその場所はさっき通ったところだったのだそうだ。
さすがに疲れたおばちゃんは、ちょっと心細くなってお母さんにこう言った。
「なあ、これはおかしいで。いつもやったら、とっくに家に着いてるやん。これ、お稲荷さんに化かされてるんとちがう?」
それを聞くと、お母さんはキッと振り返り怖い目でにらんで
「そんなことあらへん!」
と怒ったように言ったそうである。
またしばらく歩いたが、やはり出口が見えない。
だんだん辺りも薄暗くなってくる。このままでは家に帰れないんじゃないかと、不安が頂点に達しそうになった時、お母さんが背負っていた荷物を降ろし、中からお昼の食べ残しのおにぎりを出して、近くの大きな木の根元に置きこう言った。
「お稲荷さん、お稲荷さん、山を汚してすいませんでした。これで、どうか許して下さい」
お母さんを見ると、一心に手を合わせて拝んでいる。おばちゃんも、よくわからないまま一緒に手を合わせた。
そうして、拝んでからまた二人で歩きだした。
すると、不思議なことに山の出口にたどり着けたのだそうだ。
しかし、二人がまさに山を出ようとした瞬間、身体が浮き上がるような突風が後ろから吹き付けてきた。
二人は、突風に押し出されるようにして、山から出て、家路についた。
家に帰って、荷物を開けたとき二人は再び驚くことになる。
採ってきた山菜が、すべて腐っていたのだそうである。
ありえない話だが、ほんとうにあった話なのだそうだ。
後日、おばちゃんは、気にかかっていたことをお母さんに聞いたのだそうだ。
なぜあの時、あんなに怒っていたのかと。
お母さんが言うには、あの時お昼を食べたあとにもよおして、近くの茂みでおしっこをした。そして、帰り道でああいう目にあってしまったので、これはお稲荷さんの怒りを買ってしまったんだと思ったが、自分がしたことが原因で、わが子を危険な目にあわせたということを認めたくなくて、あんなに強く否定してしまったのだということだった。
わかるような気がする。