こういうアンソロジーはほんと楽しいね。しかし、ぼくは北村氏と感性が少しズレてるらしい。だからワクワクしながら読んでも、大抵多くの作品の中で気に入るのはほんの一握りってことになってしまう。
本書のラインナップは以下の通り。
宇野千代「大人の絵本」
安部昭「桃」
里見弴「俄あれ」
都井邦彦「遊びの時間は終わらない」
城昌幸「絶壁」
西條八十「領土」
カリール・ジブラン「賢い王」「柘榴」「諸王朝」
ジェラルド・カーシュ「豚の島の女王」
クルト・クーゼンベルク「どなた?」
ジェイムズ・B・ヘンドリクス「定期巡視」
ハリイ・ミューヘイム「埃だらけの抽斗」
マージャリー・アラン「エリナーの肖像」
ジョヴァンニ・パピーニ「返済されなかった一日」
M・B・ゴフスタイン「私のノアの箱舟」
その中で気に入ったのは
ジェラルド・カーシュ「豚の島の女王」
マージャリー・アラン「エリナーの肖像」
阿部 昭 「桃」
都井邦彦 「遊びの時間は終わらない」
の四作品。
カーシュは、この北村氏の紹介がもとで、晶文社から本が出たくらいなのだが、この作品は異様な迫力に満ちた傑作。奇妙な味テイストでありながら、ミステリとしての結構もしっかりしていて尚且つ描かれる事柄が異形すぎて一度読んだら絶対忘れられない話なのである。
マージャリー・アランの作品は、一つの肖像画から、そこに描かれている人物の過去を探っていくというミステリ。何かを訴えかけているような表情をしているその女性は正気をなくして死んだといわれているのだが、いったいどんな事があったのか?
阿部昭なんて、こういう機会でもないと知ることもなかった作家だ。そういった意味でこういうアンソロジーには感謝なのだが、この作品は幼い頃の記憶が呼び起こす不穏な雰囲気をこれでもかと味わわせてくれる。確かにその事実についての記憶が残っているのだが、そんな事は普通で考えてあるはずがない。では、どうしてそんな記憶が残っているのか?これは怖い。
「遊びの時間は終わらない」は本木雅弘主演で映画化もされたのでご存じの方も多いかも知れないが、ぼくは本作を読むまでこの話は知らなかった。しかし、これは異様な傑作だ。銀行強盗対策の防犯訓練で強盗役をすることになった主人公。でも、その訓練は従来通りの筋書きがあるものではなく、いきあたりばったりのリアルシュミレーション。本来なら犯人役が取り押えられて終わるはずなのに、何をトチ狂ったのか犯人役の主人公はまんまと警察を出し抜き銀行に篭城してしまう。取材にきているマスコミの手前、威信をかけてなんとか事態を収拾しようと四苦八苦する警察。首から『死体』なんてプラカードを下げた人質役がいたり、『空気』というプラカードを下げて銀行内を撮影する取材陣など、みんなが本気になればなるほど大いに笑えてくるなんともシュールな作品なのだ。
というわけで、その他の作品はさほどでもなかったがこの四編には唸ってしまったというわけ。
ま、でもアンソロジーの醍醐味ってのは知らない作家に出会えるってことなので、そういった意味では北村薫氏の選になるアンソロジーは毎回、まったく知らない作家の作品が入っていて楽しませてくれる。ほんと、この人は書痴だねえ。
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