読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

皆川博子「花闇」

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 三代目澤村田之助。壊疽に罹り両足と右の手首、そして左手の小指以外のすべてを切断しそれでもなお舞台に立ったという異形の女形である。本書はその田之助のあまりにも激烈で熱い生涯を弟子の一人である三すじの目を通して語った物語。

 本を読んでいて久しぶりに読み終わるのが惜しくなった。いや、誤解を招くといけないので断っておくが、本書は決してリーダビリティに優れたエンターテイメント作品などではない。むしろ歌舞伎・狂言の世界に疎いぼくみたいな読者にとっては、最初のうちなど何度やめようと思ったことかわからないくらいだった。それが50ページを過ぎたあたりからだろうか、俄かに物語が大きくうねりだし、澤村田之助の人物像が光輝き、大きく立ち上がってきたのだ。

 この魅力をどう語ればいいのだろう?ここに描かれる一人の役者は天才であり、天才であるがゆえに唯我独尊、傍若無人であり続け、またそれが罷り通っていた。子どもがそのまま大きくなったような奔放さにくわえ、舞台で己を輝かせる為には手段を選ばず、平気でライバルの役者を蹴落とす。しかし、そこに陰湿さはなく、どこまでも天衣無縫なイメージに溢れているのである。

 そんな師匠を見守る三すじの目はどこまでも冷徹だ。彼の目を通して描かれることによって、田之助の神秘性や魔性が逆に強調されることになる。このへんの呼吸は皆川博子独特の感性だといえるだろう。

 腐れてゆき、腐臭を放ちながらもなお凄艶さをます異形の女形。どんどん身体を切り刻んでいきながらも、舞台への意欲を失わず、しがみついてでも役を演じようとする姿は凄惨であり壮絶だ。田之助といえば、どうしても最後はそこに行き着く。いわば彼のクライマックスだ。

 また、描かれる時代が幕末から明治にかけての不穏な時代なため、世の情勢の変化も同時に挿入されるのだがそれが庶民レベルでの受け止め方として描かれてるところがとても新鮮だった。

 というわけで最初はあまりノレなかった本書なのだが読み終えてみれば大満足の一冊だったというわけ。

 やはり皆川博子はいいなぁ。