読書の愉楽

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岩井三四二「たいがいにせえ」

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 収録されている短篇は七篇。タイトルは以下のとおり。

 

  「祗園祭りに連れてって」

 

  「一刻は千年」
 
  「太平寺殿のふしぎなる御くわだて」

 

  「信長の逃げ道」

 

  「バテレン船は沖を漕ぐ」
 
  「あまのかけ橋ふみならし」

 

  「迷惑太閤記

 

 前回の「難儀でござる」でもそうだったが、本短篇集も歴史に名を残す名だたる人物ではなく、それをとりまく名もなき人々を主人公に据えて、人間にとってあまりにも普遍的な問題に立ち向かう姿を描いている。ピックアップして紹介すると巻頭の「祗園祭りに連れてって」は応仁の乱以後、三十三年間も途絶えている祗園祭りの山鉾巡行を復活させよという幕府の命を受けた役人、三左衛門が主人公。しかし、三十年以上も途絶えていたイベントゆえ、山鉾自体を見たことのない世代が多かったり、まず山鉾を制作するにも資金の工面がつかなかったりと難題がつぎつぎとふりかかってくる。上と下の間に挟まれて、右往左往するさまは誰もが経験したことがあるのではないか。個人的にもどうしても祗園祭りを復活させたい三左衛門の活躍や如何に。

 

 「信長の逃げ道」は織田・徳川連合軍が越前の朝倉義景を攻めた際、信長の妹を嫁がせていた浅井長政がいきなり叛意したことにより窮地にたたされた信長軍が命からがら撤退する有名な『金ヶ崎の引き陣』を描いている。この時撤退する信長軍が一夜の宿をもとめて使者を使わせたのが近江の朽木谷を治めている豪族朽木家だった。本編の主人公はこの朽木家の家老、宮川右衛門尉。彼は頼りないが憎めないまだ若い殿、朽木弥五郎のかわりにすべての折衝をこなしているのだが、臣従関係にある浅井家からの対信長軍の出兵要請を受諾したその日にこんどは信長軍からの使者が宿を求めてやってくるのである。これまた板挟みになってしまうのだが、この時の信長軍からの使者があの『世人のなしがたき事三ツなしたる者なり』で有名な悪名高き梟雄、松永久秀だからたまらない。さて宮川右衛門尉、いったいどうするのか?

 

 「あまのかけ橋ふみならし」は信長に叛旗をひるがえし、やむなく籠城するにいたった荒木村重が、ある日忽然と姿を消してしまうところから物語の幕はあく。本編はその歴史的事実を村重の側室であるだしを主人公にして描いている。結局のところ村重は生きのび、籠城していた百人以上の女房、子どもたちは皆処刑された。村重は妻子を犠牲にして生き残ったのである。本編の読みどころは、当主の不在に際して、残されたものたちがあわてふためき、やがて崩壊してゆくところにある。いわば、戦国残酷物語ともいうべきこの話はその性質ゆえに本短編集の中でも異彩をはなっている。

 

 というわけで、印象に残った三篇を紹介したが、本書の短篇は総じて物語の幕引きが中途半端なのである。白黒はっきりかたを付けるのが唯一のエンディングだなんていうつもりはないが、どうもすべての短篇のおいて、ラストの場面は希薄で力の抜けた印象なのだ。そういう不満はあるが、でも話としてはおもしろいし、テーマも現代に通じる人間関係の妙をとらえているし、この人の本はこれからも読んでいきたいと思っている。