まず驚くのは、いまさらなのだがやはり荒俣氏の博覧強記ぶりなのだ。なんせ、450ページある本書のおよそ100ページほどは、興味深い荒俣氏と西洋怪奇小説、師匠 平井呈一との出会い、果ては西洋におけるゴシック・ロマンスに端を発する怪奇文学の浸透事情と日本における怪奇文学の紹介の変遷を綴ったまえがきと本書に収録された作品の解説に費やされていて、これがすこぶるおもしろい読み物になっている。おそらく、現在の日本においてこれだけ詳細に怪奇・幻想のジャンルを網羅している人物というのは荒俣氏をおいて他にいないのではないか?東雅夫氏もその方面では素晴らしい成果を残しているが、和洋兼ねてとなるとやはり荒俣氏が抜きんでてるのではないだろうか?
で、本書の内容なのだが先にも書いたとおりここに収録されている作品は19世紀の怪奇小説黎明期からその発展をなぞる形で選出されている。よって資料的な価値としては一級品だが、飛びぬけて素晴らしい作品や、大きな目玉作品があるわけではない。読者としては、荒俣氏が系統立てて築きあげた怪奇の大山脈を仰ぎみながら踏破するような気持ちでありがたく拝読するのが本来の姿だろう。とにもかくにもぼくは本書を読んであらためて荒俣氏の巨人ぶりに驚いたわけなのである。
と、これで結んでしまってはあまりにも呆気ないので、印象に残った作品について短く感想を書いてみると・・・・・。
「青い彼方への旅」 ルートヴィヒ・ティーク
妖精王オーベロンとティターニアの妖精譚をトレースしながら、あくまでも牧歌的でありふれた出だしの物語が行きつくところは、思いもよらない世界。これほど展開が読めない話もない。ラスト近くで披露される聖と邪の対比理論はとても興味深い。なんて自由な物語なんだろう。
「フランケンシュタインの古塔」 作者不詳
フランケンシュタインって、シェリーが創造したんじゃなかったの?まさに驚きの一篇だ。掌編であり、たいしたストーリーでもないのだが、この作品が紹介される意義は大きい。
「人狼」 クレメンス・ハウスマン
まさか人狼がこういう形で描かれるとは。雪深いスカンジナビアの山中で起こるオーソドックスで緊迫した物語。正義は全うされるが、それには大きな犠牲がともなう。追うものと追われるものの対比があざやかに運命を反映して物語を牽引してゆく。
「仮面」 リチャード・マーシュ
これは怪奇趣味のミステリといったところか。なかなかインパクトのある話だ。読者は、はやい時点で、事の真相を見抜くだろうが、それでもページを繰る手をとめられない。でも落ち着いてよくよく考えるとかなり不気味なビジュアルだ。
「王太子通り二五二番地」 ラルフ・アダムズ・クラム
「使者」 ロバート・W・チェンバース
あの映画「ハムナプトラ」の大神官イムホテップの原型がここにあります。本書のそれは、かなりおとなしいけどね。でも、不気味さはなかなかのもの。それにしても『黒魔僧』ってすごいネーミングだ。
「ふくろうの耳」 エルクマン=シャトリアン
怪異がその真相を暴くことで完結する物語とするなら、多くの怪異は完結することない物語といえるだろう。本作の真相は完全には完結していない。それは怪談にもよくある手法なので目新しくはないが、ここで語られる真相の一片は驚嘆に値する。まさか、そんな方向に話がすすんでゆくとは思いもよらなかった。
以上7篇、ちょうど半分紹介したことになるか。興味をもたれた方は是非読んでいただきたい。なかなか読みごたえのあるアンソロジーである。ぼくとしては、続くⅡ、Ⅲ巻のラインナップが気になって仕方がない。知の巨人、荒俣氏がいったいどんな作品を紹介してくれるのか、いまからワクワクしている。