読書の愉楽

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メイ・シンクレア「胸の火は消えず」

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 人のもつ業や尽きることのない欲望、単純に怨みがあるから現世に未練があるというストレートな幽霊譚ではなくそういったドロドロした情欲や因果を秘め、なお且つそれを曝けだすことなくよくいえば繊細に悪くいえば曖昧に描いている。だから心底震え上がるというような話はないのだが、よくよく考えれば気味の悪い話だったと思える作品が多かった。

 

 まず表題作なのだが、これは一人の女性の生涯をたどりながら、その先に行きつく死した後の円環地獄を描いている。だがここでいう地獄とは愛欲の地獄だ。この展開はなかなか画期的だ。こんな古い作品なのに、ぼくはいままでこのような展開をみせる大胆な話は読んだことがなかった。これが永遠に続くのかと考えると、それは新たな恐怖を呼び起こすに十分なのだ。

 

 本書の中でも一番長い「水晶の瑕」はまた違った感触の傑作で、これは大いなる力を使うことのできる女性が主人公。大いなる力?なんじゃそりゃ?誰もがそう思うはずだが、これをシンクレアは不倫行為にからめて丹念に描いてゆく。大いなる力とは、ヒーリングだ。主人公であるアガサはそれを水晶にたとえている。彼女は狂気にとらわれた友人の夫にその力を使うのだがやがて彼女自身も狂気に蝕まれてゆく。まさにニーチェのいう「おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ」の言葉とおりだ。

 

 「被害者」は人殺しをした男が、その幽霊に付きまとわれる話。シンクレアの書く物語は、そのほとんどが最後の一行にスポットライトがあたり、鮮烈な印象がいつまでも心に残るような演出がされているのだが、本作もその例にもれず、最後の幕切れがあざやかだった。

 

 「絶対者の発見」は他の作品とは一線を画す話だ。形而上学の理論を組みたてるスポールディング氏は妻を詩人に奪われ失意のどん底に落とされる。同じくして自分の理論に欠陥を発見し、さらなる打撃をうける。そんな彼も妻も詩人もみんなやがて死んでしまう。死後の世界で彼はみなと再会し、そこであらたな哲学理論が展開され、それは宇宙的な広がりをみせてゆく。もうこれはほとんど思弁SFの領域だ。あまりにも壮大すぎて驚いた。

 

 「仲介者」では、こどもの幽霊が登場する。主人公ガーウィンが下宿することになった窪地の家。そして下宿先の夫婦が抱える謎をはらんだ問題。霊は何を訴えているのか?そして夫婦との関係は?いったい過去に何があったというのか?この話は本書の中で一番正統なゴースト・ストーリーかもしれない。

 

 「希望荘」は、ヒネリのきいたかなり小気味よい恐怖譚。詳しくは書かない。どうか読んで怖気をふるってほしい。これはかなりよく出来た話だ。先ほど書いたエンディングのスポットライトが燦然と輝く傑作だ。

 

 以上、印象深かった作品を取り上げて感想を書いてみた。でも、総じていうならぼくはこの人よりも同時期に活躍したアメリカのイーディス・ウォートンの怪奇譚のほうが好きだ。シンクレアがヘンリー・ジェイムズの朦朧法を実践する心理描写に巧みな作家だとすれば、ウォートンはもっと直接的な描写にすぐれた作家で、不気味さや怖さではウォートンのほうが勝っていると思うのである。