読書の愉楽

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辻村深月「鍵のない夢を見る」

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五編収録の短編集。一応ミステリの範疇になるのだろうか?殺人も出てくるしね。各編のタイトルは以下のとおり。

 「仁志町の泥棒」
 
 「石蕗南地区の放火」
  
 「美弥谷団地の逃亡者」

 「芹葉大学の夢と殺人」

 「君本家の誘拐」


 五編すべてが女性を主人公にしている。ここに出てくる女性たちは皆、大なり小なり問題を抱えている。しかし彼女たちの問題は自身が招いたものが多い。大いなる勘違い、どうしようもない男に惹かれる気持ち、子育ての重圧などなど、よくある話といえばそれまでだが、そういった自身のメンタルの弱さとめぐりあわせの悪さで泥濘に落ちこんでいってしまう女性たちが描かれてゆく。


 読んでいて作者の心理描写の上手さに舌を巻いた。的確でいて鮮烈なそれらの描写は読んでいて、刺激的である上にストンと座りよくこちらの心に響いてくる。彼女たちの抱える不安、焦り、窮屈な思い、見栄などが異性であるぼくにも妙にしっくり飲み込めてしまう。ああ、そういうものなんだろうな。こんなドラマのような出来事だけど、そういう場にいたとしたら、こうなってしまうんだろうな、と違和感なく飲み込める。そう、この人の書く事柄は、引っかかりなく安心して読んでいけるのだ。


 そこには確かな技量と安心がある。その上に確立されるドラマ性のあるストーリーは、先へ先へと読む者を導いてゆく。幸せになれない彼女たち。幸せから遠ざかっていく彼女たち。でも、幸せっていったい何なんだろう?自分が満足することが幸せ?満たされるってどういうこと?お金がなくても美しい心を保てることができるなら、それは幸せ?それとも与えることが幸せ?自分の欲求を殺してでも相手に愛を与え続けるのが幸せ?彼女たちはもがく。精一杯がんばる。しかしそれが決して正しい方向ではないと頭の片隅でわかっていたとしても、だ。彼女たちはけっして出ること叶わない鍵のない夢の中でさまよっている。わたしを救い出してと思いながら。