読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

マリオ・バルガス=リョサ他「ラテンアメリカ五人集」

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 本書で紹介されている作家の中にはノーベル文学賞を受賞した作家が三人もいる。すごいね、ラテンアメリカって。しかし、ぼくが本書の中で一番素晴らしいと思ったのは、ノーベルじゃなくてセルバンテス賞を受賞しているパチェーコ「砂漠の戦い」なのだ。これは幼い頃をふりかえったいわば回想の物語であり、そこには淡い恋心と残酷な結末があって、ただそれがあまりにも甘美ゆえに感傷と情熱をともなう豊かで複雑な感情を喚起させる。そしてそれと並行して語られるメキシコの過去の幻影。大きな歴史とそこに付随するあまりにも個人的な出来事。それが詩的に美しく鮮やかに描かれていて素晴らしい。

 

 リョサの「小犬たち」も回想の物語だ。だが、こちらは凶暴な犬にアソコを噛みちぎられた少年と彼をとりまく仲間のそれからの日々を描いた短編。性器をなくしたがゆえに〈ちんこ〉という仇名をつけられてしまったこの少年は気のおけない仲間に囲まれながらもシンボルの喪失から一生抜け出せない。そんな彼が見せる刹那的な生の爆発は理解できるがゆえに痛々しい。この作品も先に紹介した「砂漠の戦い」も会話文を鉤括弧(かぎかっこ)で区切らない文体なのだが、これが奇妙なリズムを生み出している。同じ手法でも静謐で厳かな印象を与えるコーマック・マッカーシーとは対照的でおもしろい。その会話文が誰が発したものなのか特定しづらいほど連続してくりだされる勢いがリズムを生みだしてゆくのだろう。
 その他の作品で特に印象に残ったのはアストゥリアスの「グアテマラ伝説集」。これはねえ、人間の想像力の限界はないんだってことを頭を殴られたかのような衝撃でもって教えてくれる作品。たとえばこんな描写『雨の息子であり、海と肉体関係にある航行可能の川は、地表を、そして地中を歩きながら山や火山と闘い、また、深淵によって侵食された地面をよく散歩していた欺瞞的な平野と闘っていた』
 どうですか、これ。こんな表現みたことないでしょ?全編こういう感じですすめられていくのだが、神話にありがちな壮大でシンフォニックな色合いがまったくなく、まさに驚異としか言いようのない初めてみる描写にただただ圧倒されてしまった。擬人化された表現が理解の許容範囲をこえている。それが混乱を生み得体のしれない興奮をよぶ。そしてあまりにも美しい色と光のイメージ。ほんと、すごいよこれ。
 残されたカルロス・フェンテスオクタビオ・パスは、正直さほど印象に残らなかった。ま、上記の三作品を読めただけでも本書はメッケもんだった。興味をもたれた方は是非お読みください。