読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

2012年 年間ベスト発表!【国内編】

 今年もあまり本が読めなかったなあ。もう、11時をまわると眠くてしかたがないし、布団に入ろうも

のなら身体が温まると同時にまるで掃除機で意識を吸われるように睡魔が襲ってくるので、夜に落ちつい

て読書をすることがなくなってしまった。今月に入ってからいまの時点で三冊しか記事書いてないのもそ

のせいだ。ま、いま読んでいるネミロフスキーの「フランス組曲」ってのが500ページ近くある本だか

ら、なかなか読み終わらないってのもあるだろうけどね。そんなわけで今年は66冊、61作品の本を読

んだ。なんとか100冊以上は読みたいけど、なかなかうまくいきません。

 今回も年間ベストとして、国内と海外に分けてお送りしたいと思います。では、さっそく国内編からど

うぞ。


【 国内編 】

■1位■ 「双頭のバビロン」皆川博子東京創元社

 頽廃の都市バビロン。本書ではそれはハリウッドと上海に象徴される。そしてゲオルグユリアンの融
合双生児がそこに配され、先行きのまったく読めない濃密な物語が語られる。これは、一気に読んでしま
うのがもったいないくらい豊穣で読み応えのある本だった。昨年に続き皆川先生、本当に素晴らしい宝物
をありがとう。


■2位■ 「屍者の帝国伊藤計劃×円城塔河出書房新社

 伊藤計劃の絶筆をプロローグにし、その続きを円城塔が書き継いだ本書の刊行は、今年の出版界のひと
つの事件だった。フランケンシュタインの理論が実践されている世界というあまりにも魅力的な設定と、
007の世界観がオーバーラップし、虚実混合の壮大な物語がSFの意匠をまとって語られる。読んでい
る間は色々おもうところもあったが、ラストにいたって本書の世界は現実と鮮やかにリンクし、あふれる
涙をとめることができなかった。


■3位■ 「ひらいて」綿矢りさ/新潮社

 あの可愛らしい綿矢りさが、こんな凄い話を書いたことに驚いた。確かに本書は恋愛小説なのだろう。
しかし読了して受けとるものは恋だの愛だのといった甘いものではない。むしろその対極にあるかのよう
な激情とその収束だ。本書を読むのは嵐の中を突き進んでゆくようなものであり、人間の根底にあるプリ
ミティブな感情を掘りおこす行為でもある。愛を貫く見苦しさというものをこれほど真摯に直球で描いた
作品をぼくは知らない。ほんとすごいな綿矢りさ


■4位■ 「晴天の迷いクジラ窪美澄/新潮社

 タイトルを見ただけでは、なんの話かまったくわからないのだが、そう思った方でもどうか安心して本
書を読んでいただきたい。ここで語られる話はとても辛いものなのだが、それと同時に人の持つ善意とぬ
くもりも同時に味わうことができる。辛いことがあったとしても、それを乗り越える強い力があるんだと
信じさせてくれる素晴らしい話なのだ、本書は。


■5位■ 「童女入水」野坂昭如岩波現代文庫

 野坂昭如といえば、ぼく的には「ソ、ソ、ソクラテスプラトンか~」なんていうおもろい歌をうたっ
ていたおっさんくらいにしか思ってなかったが、本書を読んでその偏見を改めた。句読点ばかりで延々つ
づけられる独特の文体から浮かび上がってくるのはドライで非情なまるで畜生道のようなエグイ話。しか
しそこに嫌悪感は存在しない。野放図で野性的で奔放な文章はまるで熱にうかされたような高揚感をもた
らしてくれるのだ。もっともっとこの人の本を読みたいと思った。
 

■6位■ 「暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出」彩瀬まる/新潮社

 著者は被災した日から五日間を現地で過ごした。そこには地元の人々の温かい援助があった。自分は部
外者であり、帰るべき家もあるのに被災された人たちに助けてもらっている。そんな感謝の気持ちにあふ
れる一方、その後の経過の中で人間の一番見たくない部分にも直面させられてしまう。風評被害や福島の
人々に向けられる差別的な目。震災被害に便乗して東電から多くの金を引き出そうとする人々。本書には
著者が目にし体験した事実が真摯に描かれている。冷静な描写の中から立ち上ってくる困惑と不安の気持
ち。そこにいて、そこで見た人だけが書くことのできる真実。本書を読んでまたあの震災の生の声に触れ
た気がした。


■7位■ 「クリスタル・ヴァリーに降りそそぐ灰」今村友紀/河出書房新社

 文藝賞受賞作なのだが、本書の描く世界はまるっきりSFだ。なんせある日突然世界が崩壊するのだ。
目が見えなくなるほどの閃光と聞いたことがないくらい大きな轟音。何かが起こったことは間違いないの
だが、いったいそれが何なのかはわからない。主人公である女子高生のマユミは、そうやっていきなり異
世界にほうりだされてしまう。P・K・ディックの悪夢世界をおもわせる迷宮的な非日常の中で、存在と
消失をくりかえしながらマユミを取りまく世界は静かな崩壊を続けてゆく。ぼくは本書を読んでかなり刺
激を受けた。これは文句なしにおもしろいですよ。


■8位■ 「一一一一一」福永信河出書房新社

 これこそタイトルからなんの情報も得られないね。皆目見当つかないもんね。そうそれでいいのです。
そういう状態で本書にのぞむのが一番いいんです。でも、それだけじゃ不安な方にちょこっとだけ教えて
さしあげます。本書は対話で成り立っているのです。誰かと誰かが対話している。それはとてもありふれ
た光景。対話の中から浮上してくる数々のキーワード。そこから導きだされる法則がかすかな道筋をつけ
てゆく。明確なストーリーがあるわけでもないのに、そこには確かに世界が存在する。それは可能性だ。
本書には狭い穴から覗いた先にある広大な場所の雰囲気がある。読者はその可能性に少なからず刺激を受
けることになる。まだまだ小説にはこんな書き方があるんだね。


■9位■ 「空飛ぶタイヤ池井戸潤実業之日本社

 おそまきながら本書を読んで、あらためてその面白さにのけぞった。本書はあの三菱自動車の大型トラ
ックの脱輪死傷事故をモデルにしている。主人公は事故を起こした運送会社の社長、赤松徳郎。事故の原
因は運送会社の整備不良という結果が出てしまい赤松は窮地に追い込まれる。だが決して自分の会社に落
ち度はないと信じている赤松社長は財閥系の大企業であるトラックの製造会社に果敢に立ち向かってゆく。池井戸潤の小説が面白いことは充分承知していたし、その中でも本書が一、二を争うリーダビリティをもつ本だということも知っていた。だが、実際読んでみてあらためて驚いた。本書は傑作だ。これほど集中して読書をしたのは久しぶりだった。

 
■10位■ 「文豪怪談傑作選 特別篇 文藝怪談実話」東雅夫編/ちくま文庫 
 
 本書にはタイトルからもわかるように近代から現代にいたる錚々たる顔ぶれの文士たちの体験にもとづ
く怪談話が収録されている。それぞれリアルな恐怖を伝えてくれるが、この中で圧巻はやはり田中河内
の話である。本書の中では徳川夢声、池田彌三郎、長田幹彦、鈴木鼓村の四名がこの稀代の怪談話を披露
しているが、おもしろいことにそれぞれ詳細が少しづつ違っているのである。この怪談話は二段構えであ
り、元の怪談にかぶさる形でとどめの怪談が語られる。同じ話を何度も読まされる側としては本来なら疎
ましいはずなのだが、これが案に相違して恐怖の相乗効果をあげているのである。さっきも書いたとおり
この話は語り手が変わるごとに少しづつ様相を変えてゆく。それはあきらかに齟齬として読み手に認識さ
れる。しかしその齟齬は歪みとして物語を呑み込んでゆく。歪みはあたかも怪談自らが発する怨念のよう
な効果をあたえる。いってみれば、判明しない事実によって引き起こされる不気味さとでもいおうか。ま
さに『藪の中』を地でゆく話なのだ。

 国内編はこれにて終了。では続いて海外編でございます。