読書の愉楽

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皆川博子「開かせていただき光栄です ―DILATED TO MEET YOU―」

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 皆川博子の新作長編ミステリが読めるとは思わなかった。本当にうれしい驚きだ。ツイッターでもかなり話題になっていたのですごく期待して読んだのだが、これが期待に違わぬ素晴らしい出来栄えのミステリだったのである。
 
 舞台は18世紀のロンドン。外科医ダニエル・バートンの開く解剖学教室に犯罪捜査犯人逮捕係(通称ボウ・ストリート・ランナーズ)のガサ入れがはいるところから物語は幕を開ける。解剖台の上では十文字に切り開かれ膨らんだ子宮を露出させた屍体がおかれており、どうやらその屍体はさる貴族の令嬢のものらしいのだ。正統な経由で手に入れた屍体ではないため、これを見られてはまずい。ダニエルの弟子たちは急いで令嬢の屍体を隠す。そして再び屍体を出してみれば、そこには四肢を切断された少年と顔を潰された男性の屍体が増えていた。

 

 というのが、導入部。どうですか?とても魅力的な出だしでしょ?解剖学教室が舞台であり、開巻早々三つも惨たらしい屍体が出てくるから、かなり猟奇的でグロテスクなミステリなんじゃないかと思われた方もいるかもしれないが、本書の印象は比較的明るい。いやユーモラスだといってもいいくらいだ。なにより話を明るくしているのが、それぞれ特徴のあるダニエルの弟子たちの存在だ。容姿端麗エドワード、天才細密画家ナイジェル、饒舌(チャターボックス)クラレンス、肥満体(ファッティ)ベン、骨皮(スキニー)アル。さらに言及すればこの犯罪を裁く盲目の治安判事ジョン・フィールディング、その助手で姪でもある男装の麗人アン=シャーリー・モアなどなど魅力的で一癖も二癖もある登場人物が物語を盛り上げる。
 
 ミステリの真相も、動機や犯行トリックを含め様々な要素が絡まりあい、意味合いが二転三転するあたりは、かのクリスチアナ・ブランドの鋭利なミステリにも似た味わいがあり、ここらへんはおそらく一年もすればすっかり忘れてしまうだろうから、再読、再々読にも耐えられるミステリだといえるだろう。
 
 ぼくは読了してから再びパラパラと読み直してみたのだが、細かい伏線がしっかり回収されていて驚いた。かなり練りこまれたミステリという印象なのだ。
 
 というわけでこの長編ミステリ、年末のランキングでもかなり上位に食い込んでくるのではないかと思うのだが、どうだろうか?

 

 ※ 巻末に参考文献が色々紹介されているのだが、特に恩恵を受けた本として
「解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯」が紹介されていた。これも素晴らしい本なので、未読の方は是非お読みください。