読書の愉楽

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フェルディナント・フォン・シーラッハ「犯罪」

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 ドイツの高名な刑事事件弁護士である著者による「犯罪」を扱った短篇集である。11篇の短篇が収録されているにも関わらず、200ページ強というコンパクトな内容で、1篇がおよそ10~30ページとすこぶる読みやすい。だがその内容はいろんな意味でかなり衝撃的であり、決して軽い読後感ではない。
 

 

 収録作のタイトルは以下のとおり。

 

 「フェーナー氏」

 

 「タナタ氏の茶盌」

 

 「チェロ」

 

 

 「幸運」

 

 

 「正当防衛」

 

 「緑」

 

 「棘」

 

 「愛情」

 

 「エチオピアの男」

 

 
 実際にあった事件ゆえの不可解さを感じさせるものや(「フェーナー氏」「幸運」「正当防衛」「緑」「棘」「愛情」)あまりにも残酷な仕打ちに驚いてしまうもの(「タナタ氏の茶盌」「チェロ」)映画のコンゲームを観るように胸のすく爽快感をあじわえるものや(「ハリネズミ」)ミステリそのままのどんでん返しが鮮やかなもの(「サマータイム」)、そして感動で涙が溢れてとまらない(「エチオピアの男」)などなど、短い枚数の中で装飾をほどこすことなくストレートに記述してゆく姿勢が素晴らしい。

 

 語弊をまねくかもしれないが敢えて言及すると、これは事件自体が持つおもしろさが突出しているゆえに成しえる書き方だ。事件そのものの吸引力があまりにも強烈なので、技巧や装飾はまったくいらないのだ。逆に技巧的でないために、その構成にぎこちなさを感じてしまうくらいだった。

 

 しかし本書には大きな仕掛けがほどこしてあるのも事実。キーワードはリンゴだ。全作品に共通して登場するリンゴ。そして全話が完了したあとに書かれている『これはリンゴではない』というフランス語。マグリットの絵と同じこの文句がいったい何を象徴しているのか。ぼくなりに一応答えは出したつもりだが、これは読了した人それぞれの解釈でいいのではないだろうか。

 

 とにかく本書は今年のミステリベストでも必ず上位に喰いこむ作品なのは間違いない。それほどの傑作短編集、ゆめゆめ読み逃すなかれ。