読書の愉楽

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ウィリアム・トレヴァー「アイルランド・ストーリーズ」

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 ウィリアム・トレヴァージョイス、オコナー、ツルゲーネフチェーホフに連なる現代最高の短編作家と称されているそうな。名の挙がっている作家で読んだことがあるのはオコナーだけなのだが、そんな不甲斐ないぼくが読んでもトレヴァーの資質には驚嘆を通り越してもうひれ伏すしかないのはよくわかった。以前「聖母の贈り物」を読んだ時にすでにそのことは理解していたつもりだったが、この国書の第二短編集を読了したいま、やはりこの作家は国宝級の作家なのだというおもいは深く深く心に浸透していった。

 

 本書には十二の短編が収録されている。タイトルは以下のとおり。

 

・「女洋裁師の子供」

 

・「キャスリーンの牧草地」

 

・「第三者

 

・「ミス・スミス」

 

・「トラモアへ新婚旅行」

 

・「アトラクタ」

 

・「秋の日射し」

 

・「哀悼」

 

・「パラダイスラウンジ」

 

・「音楽」

 

・「見込み薄」

 

・「聖人たち」

 

 前回の感想で『トレヴァーは人間の邪まな部分や不実な部分を好んで描いてゆく。』と書いたが、本書でもそれは如実にあらわれている。冒頭の「女洋裁師の子供」からしてそれは前面に押し出されており、ミステリー的な興趣もあわさって大抵の人はこの一編でたちまち心を掴まれるはずだ。また本短編集ではアイルランドが抱える諸問題が全編を大きく包んでおり、八百年を遡るアイルランド独立戦争から近年の南北紛争、そしてカトリックプロテスタントの宗教不和までが暗い影として覆い尽くしているのが特徴だ。正直、非情で凄惨な場面もあるし、目を覆ってしまうような真実に思わずページを繰る手をとめてしまうこともあった。だが、それは決して悪い読後感となって残りはしない。なぜなら、本書の収録順が非常に考えて配置されているからだ。だからすべて読んだあとには、とても素晴らしいものに接した喜びと感動が読者を包んでいるというわけなのだ。精緻ではあるが、決して技巧にはしってはいない真の短編作家トレヴァーの精髄が本書には集められている。どうか未読の方は読んでいただきたい。これが短編小説というものなのだ。