このタイトルと表紙からわりとコミカルな雰囲気なのかと勝手に想像しながら読みはじめたのだが、これがこころよく裏切られるから、おもしろい。
ここ最近、本書ほど読みはじめる前と読み終えたあとのギャップが激しい本を読んだことはなかった。
この中山七里という人は、かなり懐の深い作家だという認識を持った。実質のデビュー作である「さよならドビュッシー」は未読なのだが、そちらもタイトルと表紙の雰囲気から、どちらかといえば爽やかで陽性のミステリーなのかなと勝手に想像していたが、もしかしてこれも間違った認識なのかな?
とにかく本書はいままで読んだことのない未曾有の展開でまず驚かされる。あえていうなら、この展開はラストに用意されている幾たびものどんでん返しより強烈な印象を与えてくれるのである。
タイトルからもわかるとおり本書で描かれるのはカエル男と名づけられた連続殺人鬼と警察との攻防である。このカエル男の犯行がサイコキラー物の常道をゆくもので、尚且つそのグロテスクさを最大限に活かした演出をみせるところでまず少し驚く。ほう、こんなに暴力的で破壊的な事件を描くのかと、ちょっと身構える。次々と餌食になる人々。無差別に見える殺人をつなぐミッシングリンクは何なのか?犯人の目的は?ここらへんの展開はまずもってとてもオーソドックスであり、事件を追う二人の刑事のやりとりもなかなか新鮮で楽しませてくれるし、なによりミステリを軸に開陳される様々な事柄に関する思慮に富む言葉が素晴らしかった。
そして260ページを境に、このミステリはいままで体験したことのない驚きの展開を迎えるのである。
まあ、ここからラストまでのおよそ100ページで描かれる事柄は、ぼくがいままで読んだあらゆる小説で体験した『痛み』描写を軽々と飛び越えてしまうものだったのである。ここまでこの文章を読んで、痛み?いったいどういうこと?でも、気になるなあ。なんなんだろう?そう思った方、どうか本書を読んでみて欲しい。これは本当に凄いのだ。かの粘膜シリーズなんて足元にも及ばないなと思ってしまったくらいなのだ。
そして、ラストに待ちかまえる二転三転のどんでん返し。この部分については、最初にも書いたがさほどカタルシスは味わえない。ぼく個人の感想としては、本書の目玉はその手前に描かれる未曾有の展開だ。
この部分だけで本書は永遠に記憶に残る作品となった。う~ん、この人、かなり凄い書き手なんじゃないだろうか。