読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

角川書店編集部編「列外の奇才 山田風太郎」

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 また角川文庫から山田風太郎ベストコレクションと銘打って新装版の文庫シリーズが刊行されている。

 

 これは山田作品を総括してその中からのベストチョイスとなっているので、忍法帖から明治物からミステリからエッセイからすべて選出されており、確かに代表作ばかりをセレクションしている充実した内容となっている。また、今年創設された山田風太郎賞も記念して、風太郎を特集した本書が刊行されたというわけ。

 

 本書の内容は多岐にわたっており、風太郎についてのエッセイを25人の作家や識者が書いていれば、生い立ちをまとめた章があったり、未収録小説が三作も入っていたり、岡本喜八の「死言状」未発表脚本ともう一本彼が映画化しようとして叶わなかった「幻燈辻馬車」の脚本が収録されていたりする。

 

 正直本書を買ったのは、いわゆるファン心理だった。それほど内容に期待はしてなかったのだ。だが、これがなかなか良かった。まず何が良かったといって、ラストに収録されている「幻燈辻馬車」の脚本にはシビれてしまった。これは岡本喜八監督が急逝されたことによってお蔵入りとなった幻の作品で、脚本はあの『13階段』の高野和明である。

 

 「幻燈辻馬車」は、自由民権運動に揺れる明治初期の混乱を描いた作品で、もと会津藩士の干潟干兵衛と西南の役で戦死した彼の息子、蔵太郎の遺児お雛が乗る辻馬車が物語の主人公である。彼らは明治のその時期に実在した数々の有名人物とめぐりあいながら物騒な事件に巻き込まれていく。だが、あわやというところでお雛が「とと!」と叫ぶと、血まみれの軍服姿の蔵太郎が現れ、二人の危機を救うのである。さすがに映画枠でこの作品のすべてを再現することは叶わない。しかし高野氏はうまく物語のエッセンスを抽出して簡潔にまとめていて、これがすこぶるおもしろいのだ。本当のところこの脚本を全部読む気はなかった(すでに原作を読んでいることだし、いまさら脚本を読んでもおもしろくないだろうと思っていたのだ)のだが、ちょっと味見するつもりで読みだしたら、やめられなくなってしまったのである。これはおもしろかった。情に訴え、熱い血潮がたぎり、サスペンスに富み、まさかのユーモアまでが介在し、凄惨な恐ろしさまでもを体験できる作品となっているのだ。これが映画化されてないのはなんとも惜しい。

 

 誰かが映画化してくれないものだろうか。切に願う限りである。

 

 現在、第一線で活躍する作家たちのほとんどがこの山田風太郎の洗礼を受けてきた。彼こそが大衆小説の雄なのだ。と、ぼくはいまでも信じている。彼を越える作家はいない。彼こそが小説の神様なのだ。

 

 というわけで、新年早々ほんといい読書ができたなと思うのである。