読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

続・短編小説の愉楽

前回短編の魅力について語った。いつものクセで長々と書いてしまい、書き洩れてしまった作家や作品があった
 
ので、仕切り直しなのである。
 
というわけで、今回は早速紹介していきたいと思う。まずは、アイルランドが誇る世界最高レベルの短編職人ウィ
 
リアム・トレヴァーだ。彼は人間の邪まな部分や不実な部分を鋭く抉ってゆく。そこにアイルランド独特の風土が
 
絡み忘れがたい印象を与える。『負』の部分を肯定し、それをひっくるめたのが人間なのだという大きな世界観の
 
中で巧みに構築される短編の美学。彼の作品を読むことは、小説そのものの成り立ちを学ぶことにも繋がるの
 
だとぼくは信じている。
 
そうそうアイルランドといえば、元祖アイルランド短編作家ともいうべきフランク・オコナーを紹介しなければいけな
 
いだろう。彼の作品にもアイルランド紛争は色濃く反映されている。また、それ以外の作品でもミステリーの手法
 
をうまく活かしたものや、子供を語り手にした作品などがあって、まったくもって飽きさせない。これぞ短編の醍醐
 
味である。
 
次はイタリアの素朴な語り部マーリオ・リゴーニ ステルンだ。彼の「雷鳥の森」という短編集を読んだときは、そ
 
の新鮮で厳しい筆勢に打ちのめされた。彼は、創造ではなく『あった事』『見た事』をそのまま文章に綴ってゆくと
 
いうシンプルな創作方法をとっている。そこには、自然の厳しさが肌で感じる臨場感として描かれてゆく。地味で
 
荒削りだが、それゆえに直球でつたわる真実の凄み。特に感心したのが極寒の森でのキバシオオライチョウ
 
狩猟場面。狩猟なんてまったく知らないぼくが、その部分を読んでいる間、確かに食いしばった歯の間から白い
 
息をはきながら、雪に降り込められた山の中で張り詰めた緊張の一瞬を体験していたのだ。是非とも読んでみ
 
てほしい。これこそが読書の愉楽なのである。
 
イタリアではもう一人、不条理な世界を描かせたらこの人の右に出るものはいないとまで思わせてくれる作家が
 
いる。そう、ディーノ・ブッツァーティだ。彼の短編はそのすべてが悪夢の世界だ。ぼくが彼の作品に初めて接し
 
たのはちくまプリマーブックスから刊行されていた紀田順一郎編「謎の物語」に収録されていた「なにかが起こっ
 
た」である。ここでは列車に乗っている男が体験する悪夢が描かれるのだが、未読の方もおられると思うので、
 
詳細は省いておく。とにかく異様なテンションに満ちた傑作短編なので、是非読んでもらいたい。他の作品では
 
「待っていたのは」や「忘れられた女の子」などが秀逸な作品で、一度読んだら絶対忘れることのできない恐怖を
 
植えつけてくれる。
 
異様といえばG・ガルシア=マルケスエレンディラ」で描かれる短編もかなり異様だ。なんせ空から年老いた天使
 
は落ちてくるし、海の底にはもうひとつ都市があるし、指先ひとつで病を治す人がいるし、雲に向かって銃を撃
 
ち、雨を降らそうとする人がいたりするのである。もう、なんでもありなのだ。マジックリアリズムという今ではあり
 
ふれた手法の源泉がここにある。かの大作「百年の孤独」に臆している方(なんていってるぼくもそうなのだが)も
 
本書なら大丈夫こういうお手頃なところも短編の魅力なのだ。
 
同様に世界文学全集に収録されてるような文豪の作品でも、短編なら結構気軽に取り組めちゃうからうれしいで
 
はないか。『ヨクナパトウファ・サーガ』というあまりにも険しい大山脈をものしたウィリアム・フォークナーの大長
 
編は、いきなり読むのにはさすがに勇気が幾つあっても足りないのだが、そんな彼の難解な作品の中でも短編
 
群は至極口当たりもよく、しかもめっぽう面白いのである。例えば「エミリーに薔薇を」なんてのはゴシック仕立て
 
のホラー短編としても秀逸な作品で、ラストの衝撃の場面に到達するまでの緊張感はそんじょそこらのミステリ
 
では足元にも及ばない。同様に「ウォッシュ」という作品もかなり衝撃的な展開をむかえる。本を読んでいて鳥肌
 
がたつなんてこと滅多にないのだが、この作品がそうだった。ミステリ好きの方にも是非ともオススメしたい作品
 
である。
 
フォークナーはアメリカ南部を代表する作家だが、フラナリー・オコナーアメリカ南部の黒人差別や理不尽な
 
暴力、神の存在意義などを固執した宗教観をからめて描き一時代を築いた短編の名手だ。彼女は甘さを削ぎ落
 
とし宗教、差別といった扱いにくい題材を正攻法で描いてゆく。時にそれはあまりにも残酷であり、あまりにも無
 
情だ。生まれもっての障害者でもあり、39歳という若さでこの世を去ったこの女性が残した作品群は激しく人間
 
の暗部を抉りだしてゆく。一度読めば忘れられなくなるだろう。
 
と、ここまで書いてきてやはり長々となってしまうことに気がついた。もっともっと紹介したいのだが、今回はこの
 
へんで。他にも名のみ挙げておけば、アーウィン・ショーやアンソニー・ドーアイアン・マキューアンそしてアメリ
 
カの短編作家の中ではぼくが一番敬愛するチャールズ・バクスターなどもいるのだ。その人たちについてはまた
 
の機会にでも。