読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

2011年 年間ベスト発表!

いよいよ2011年も終わりですね。というわけで恒例の年間ベストでございます。今年は一作品とし

てカウントして69作品。昨年より減っております。これという理由はないんですが、あまり本の読めな

い年だったように思います。もしかしたら「ユリシーズ」を読んでいたのが一因だったかもしれません。

なんちゃって^^。それでは国内編からどうぞ。


【 国内編 】

■1位■ 「開かせていただき光栄です」皆川博子早川書房

 皆川博子は健在なり。この本の記事を書いたとき年末のミステリランキングで上位に食い込んでくるは
ずだと書いたが、やはり予想どおりだった。本書を読んだ人なら誰もが納得する結果だろう。とにかく舞
台設定、ミステリのトリック、物語が内包するケレン味、そしてユーモアすべてにおいてパーフェクトな
作品だ。


■2位■ 「11 eleven」津原泰水河出書房新社

 素晴らしい完成度だった。タイトル通り11の短編が収録されているのだが、すべてが何かしらのイン
パクトを与えてくれる。完結してないのに完璧に構築されている完成された工芸品のような作品群だ。本
書のような読後感を与えてくれる短編集と同じ完成度の短編集といえば他に皆川博子の短編集しか思いつ
かない。要はそれほどすごい短編集だということなのだ。


■3位■ 「マザーズ金原ひとみ/新潮社

 ここに描かれる三人の若い母親の姿は痛々しい。その痛みと共にわれわれの胸に迫ってくるのは子と親
の絆だ。子を持つ母の幸せと苦悩。本書に登場する母親たちの姿が、そのまま子を持つ親の反映として描
かれているとはいわない。そこにはやはりドラマがあり日常的でない起伏が強調されているからだ。しか
し、ここに描かれる閉塞感や不満や不安そして自分が正しいのかどうかという苦悩は子を持つ母親たちの
誰もが感じて通過する道なのだ。


■4位■ 「ふがいない僕は空を見た窪美澄/新潮社

 「女による女のためのR-18文学賞」を受賞した「ミクマリ」を含む五つの連作短編集である。これ
がどうしてこんなに上位に入ってきたかというと、それはひとえに「セイタカアワダチソウの空」という
短編が素晴らしかったからだ。他の作品もそれぞれ素晴らしいのだが、この短編だけが頭ひとつ飛びぬけ
ていた。いまでも思い出すと胸苦しくなるくらいだ。


■5位■ 「きことわ」朝吹真理子/新潮社

 この人の作品との出会いはちょっとした衝撃だ。昨年も「流跡」を年末ベストでランクインさせたが、
本年もこの人の作品を選出してしまった。貴子と永遠子。だから「きことわ」。物語を遡上する悦び。明
確さを欠いた移り変わりの中で会話の主体が煙に巻かれ、場面が特定されない状況が描かれる。まずは読
んでみて欲しい。朝吹真理子は注目に値する作家なのだ。
 

■6位■ 「ジェノサイド」高野和明/角川書房

 二つの異なった物語が並行して描かれる。ひとつのラストに結びつくのはわかっているのだが、それが
どういう風に繋がっていくのかがまったく予測不可能な話だった。正直言うといろいろ気になる部分はあ
るのだが、それをねじ伏せてしまうようなダイナミックな着想とあまりにも気持ちのいいラストが待って
いる。ほんと力技の一冊なのだ。


■7位■ 「世界屠畜紀行」内澤旬子/角川文庫

 知らない世界を知るという知的興奮。日本では穢らわしいと差別視されている屠畜という一連の作業が
世界各地でどういうスタンスで行われているのか?それを当たって砕けろ精神で語り(描き?)つくした
のが本書なのである。いやあ、もうそのバイタリティのすごさに脱帽なのである。


■8位■ 「鯨人」石川梵/集英社新書

 インドネシア諸島のレンバタ島にあるラマレラという村に銛一本で巨大な鯨を仕留める鯨漁がある。そ
れを四年の歳月をかけて取材したのが本書。この事実も本書を読むまでまったく知ることのなかった事実
である。だから読書はやめられない。


■9位■ 「機龍警察 自爆条項」月村了衛早川書房

 SFの体裁をまとっているが、本書はまぎれもない骨太の警察小説なのである。だから、奇をてらった
ロボット戦闘物のストーリーとして展開しない。そこがいい。リアルな現状にハードな事件。それに付随
するようにして自然に描かれるパワード・スーツ(二足歩行型有人兵器)。現在と過去が交互に語られる
構成も光って、本書は無類の読み物となっている。 
 
 
■10位■ 「死の泉」皆川博子/早川文庫 
 
 仕掛けに満ちたミステリである。本の体裁からもうすでに読者は作者の術中にはまっている。信用でき
ない語り手の紡ぐ罪と幻想。本書は皆川博子の代表作であり1位に推した「開かせていただき光栄です」
が刊行されるまで間違いなく著者のナンバーワンミステリだった作品。ぼくとしては甲乙つけがたいんだ
けどね。



【海外編 】

■1位■ 「アンダー・ザ・ドーム(上下)」スティーヴン・キング文藝春秋

 正直今年読んだ翻訳本の中でこれがダントツで面白かった。確かに一見読むのをためらわせるほどに分
厚い本なのだが、ほんと騙されたと思って読んでみて欲しい。近年稀にみる吸引力なのだ。遅読のぼくが
朝の支度をしながらでも読み続けるほどのリーダビリティだったのだから間違いない。おもしろさは保証
いたします。


■2位■ 「メモリー・ウォール」アンソニー・ドーア/新潮社

 人は記憶として物語を残してゆく。ドーアはそれを丹念に描いてゆく。悲しみと喜び、体験と記憶、人
は生きてゆく限り多くの物事を身にまとってゆく。静かでありながら、激しく心を掻き乱す物語。彼の描
く世界が好きでたまらない。


■3位■ 「犯罪」フェルディナント・フォン・シーラッハ/東京創元社

 ドイツの高名な刑事事件弁護士である著者による「犯罪」を扱った短篇集。1篇がおよそ10~30ペ
ージとすこぶる読みやすい短編が11収録されている。これがデビュー作とは思えないなんとも不穏で奇
妙な話ばかりで、特徴としてこの著者は話を装飾をほどこすことなくストレートに記述してゆくから、そ
うすることによって不安定なバランス感覚が生まれ、読む者を圧倒する。来年は第二弾の短編集が出るそ
うで、いまから楽しみである。


■4位■ 「いちばんここに似合う人ミランダ・ジュライ/新潮社

 収録されている16の短編はすべてにおいて新鮮な驚きと小憎らしいほどの可愛さと、儚い痛々しさに
あふれており、触れればパチンとはじけてしまうような危うい均整を保ちながらも、おそろしく大胆不敵
に挑発を繰り返すような作品ばかり。可憐なのに大胆で、キュートなのに残酷というなんとも魅力的な短
編集である。ここに登場する人々はみな哀愁や寂寥を身にまとっていない。逆に力強さや美しさやまぶし
さを感じてしまう。本書はそういう本だ。とにかく読んでみて。


■5位■ 「ユリシーズⅠ~Ⅳ」ジェイムズ・ジョイス集英社文庫ヘリテージシリーズ

 とにかく本書は巨大な山だった。乗り越えるのに苦労は必然だが、それを敢えてやる値打ちのある本だ
といえる。ジョイスは、その存在自体が文学の分水嶺だから、本書を読む前と読んだあとでは必ずなんら
かの変化が起こるのである。それは各々の目で実際確かめていただきたい。なんちゃって。


■6位■ 「アイルランド・ストーリーズ」ウィリアム・トレヴァー国書刊行会

 今回短編集が多いよね。長編は極端に長いのが二つもあるし、振幅激しいなあ。ここに収められている
12の短編にはやはり人間の邪まな部分や不実な部分が描かれている。それはトレヴァーが好んで描く題
材だ。アイルランドという独特の風土で培われ、成長した物語たち。精緻ではあるが、決して技巧にはし
ってはいない真の短編作家トレヴァーの精髄が本書には集められている。


■7位■ 「グラン=ギニョル傑作選  ベル・エポックの恐怖演劇」真野倫平編/水声社

 本書には19世紀末に上演されたグラン=ギニョルの精髄ともいうべき恐怖演劇作品が七作収録されて
いる。一読して感じるのは、捻じ曲げられそうな狂気と胡散臭いお化け屋敷的な退廃の匂いである。そこ
では人間の業と欲が渦巻き、剥き出しの恐怖が描かれる。ミステリファンにとっては必読の戯曲集である
ことは間違いない。いろんな意味で刺激的な一冊だ。


■8位■ 「牛 築路」莫言岩波現代文庫

 莫言の初期の頃の中篇二篇が収録されている。どちらも文革時代を舞台にした中篇でまるで辺境のよう
な寒村を舞台に現代日本では考えられないような出来事を描いている。中国文学はあまり馴染みがない分
野なのだが、莫言は別格。この人の本はすべて読んでおきたいと思っている。


■9位■ 「夜の真義を」マイケル・コックス/文藝春秋
 
 ヴィクトリア朝の清濁織り交ぜた混沌とした世界、ブッキッシュな薀蓄と貴族趣味。歴史小説としての
重み、犯罪小説としての暗さ、恋愛小説としての晴れやかさ、すべてが見事に絡み合って紡ぎあげられた
物語。本書は一人の男の復讐譚である。すべてはその完遂にむけて描かれる。終息が少し呆気ないのが残
念なのだが、全体的には滋味深く味わいのある読み応え抜群の物語だった。


■10位■ 「死を騙る男」インガー・アッシュ・ウルフ/創元推理文庫 
 
 本書は最初からぐいぐい引っ張られてしまうリーダビリティだった。とにかくこの作者の描く世界は活
き活きとしている。出てくる人物たちが端役にいたるまで精彩を放ち、自分を主張して個性を発散してい
るし、ストーリーの起伏があまりにも自然で違和感がない上に前代未聞の犯罪が不気味にからんでくる。犯人の鋭敏で他の追随を許さない独自の造形には心底震え上がってしまうし、またその空虚で人間離れした生き方にも薄ら寒さをおぼえる。とにかく次作が出たら即買いしちゃうくらい気に入ってしまったのだ。なのにこれってさほど話題にならなかったよね?ぼくの印象としてはそういう位置付けなのだが、間
違っていたらごめんなさい。年末のミステリベストにも食い込んでくる作品だと思ったんだけどなあ。



 というわけで国内・海外のベスト10が出揃いました。ほんとのこというともっともっと沢山本を読み

たいのだけど、なかなかそういうわけにもいかないのが現状です。意欲はあるんだけどね。とにかく本年

もお付き合いどうもありがとうございました。来年もまたよろしくお願いします。


みなさん、よいお年を。