読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ジョー・ウォルトン「英雄たちの朝  ファージングⅠ」

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 本書で描かれる世界は、IFの世界である。専門用語でいうところの歴史改変物というわけだ。では、どういう世界になっているのかというと、英国とあのナチス講和条約を結び戦争が終結した世界になっているのである。ふーん、なるほど、で?それがどうしたの?そう思われたあなたこそ、このシリーズを読んでいただきたい。歴史なんて重たいって考えてる人、戦争や政治なんてうざったいって思ってる人どうぞどうぞ。本書の間口は狭そうに見えてなかなか広いのでありますぞ。

 

 なんてエラそうなこと言いながら、ぼくだってまだ全貌は把握してないんだけど、この第一部を読んだかぎりでは、これからいったいどういう風に物語が進むのか、先が気になって仕方がないのである。

 

 ま、とりあえず、本書の内容をさらっと紹介してみよう。

 

 ナチス講和条約を結ぶという偉業を成し遂げた政治派閥「ファージング・セット」が催したパーティの翌朝下院議員の死体が発見される。場所はイギリス南東部ハンプシャー州の貴族邸宅。捜査にあたるのはスコットランド・ヤードの刑事ピーター・カーマイケル。一癖も二癖もある政治家たちの中に犯人がいるのか?それとも外部からのテロの仕業か?犯人探しと共に物語は動きだすのだが、改変された歴史の中で史実とは違う捩れが世界に作用し、不穏な空気が漂いはじめる。

 

 これは書いてもネタバレにはならないだろうから、書いてしまうが、ミステリとして出発した本書にミステリ本来のサプライズは眼目にないのである。いや、誤解しないでいただきたいがちゃんとした動機も真犯人も用意されているし、謎を追い求める興趣はあるのだ。でも本筋で強調されるのはその部分ではなく改変された歴史の行方なのである。まだまだはじまったばかりで全貌を把握してないのに何を言っているのかと自分でも思うが、しかし読んでみればわかるが作者が描こうとしているのはナチスと手を結んだ英国がファシズム国家へと突き進んでゆく過程なのだ。その不穏な影は本書にもおちている。

 

 そのもっとも大きな影がユダヤ迫害だ。この固唾を呑んでしまう恐ろしい出来事が改変された世界でまた繰り返されるのだろうか?恐ろしいけど、先が知りたい。

 

 なんとも切迫したジレンマだ。