読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

景山民夫「虎口からの脱出」

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 本書は景山氏があの有名なトンプスンの「A-10奪還チーム出動せよ」に触発されて書き下ろした冒険小説である。大元であるトンプスンの本は未読なのだが、カーチェイスが目玉の冒険小説だということぐらいは知っていた。だから本書もカーチェイスがメインの冒険小説なのだろうくらいの気持ちで読み始めた。しかし、日本人が主人公で尚かつカーチェイスを主軸にした冒険小説なんて、解説で野坂昭如氏が指摘しているように日本国内を舞台に描くことは非現実的で到底無理なのである。じゃあ、いったいどこを舞台にすればいいかということで景山氏が選んだのは雄大なるユーラシア大陸、二つの大きな大戦の間に挟まれた時代の中国なのだ。
 
 はっきりいってぼくはこの頃の歴史に疎い。さすがに張作霖満州事変などは知っていたが、それが世界の歴史の中でどのように機能していたのかなどまったく知らなかった。また、その頃の日本の立場や中国との関係など本書を読んではじめて知ることばかりだった。歴史の授業である程度は学習しているはずなのに恥ずかしいかぎりだ。
 
 景山氏はその歴史的な背景を詳しく調べ、本書の物語の背景を丹念に作りこんでゆく。おそらく少しでもはやく胸躍るカーチェイスの場面に取りかかりたいはずなのに、380ページある本書の中で張作霖が爆殺されるのが170ページあたり。それから状況が整ってようやく車が動きだすのが240ページあたり。いやあ、引っぱりますね。それからは怒涛の展開。危機につぐ危機の連続で、見せ場たっぷりのハリウッド映画的アクションが続く。物語を取り巻く要素はさまざまな思惑や政治や歴史的事実などが絡んできて一筋縄ではいかないのだが、この追う者と追われる者の単純な構図はサスペンスの基本だけあって、やはりページを繰る手をはやくさせるのである。

 

 ここまで書いてきて本書の基本的なストーリー紹介をしてないことに気づいたが、とにかく何度も窮地に立たされて、それを回避しながら逃げるというお話の基本と、満州事変の歴史的背景、そしてなにより気持ちのいいラストをお望みの方ならば誰でも本書を手にとっていただきたいと思うのである。しっかり作りこんである読み応え抜群の冒険小説なのだから、おもしろさは保証つきなのだ。