読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

川端裕人「The S.O.U.P.」

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 ぼくは本書を読むまで『ハッカー』と『クラッカー』の違いを知らなかった。この物語に出てくる大方の人と同じくして、ハッカーはインターネット上で悪意をもって攻撃をしかけてくる不正利用者のことだと思っていたのだ。しかし、それは間違った見識だった。『ハッカー』とは技術の高さと情熱の強さを指す言葉であり、総じてコンピューター技術に長じ幅広い知識を持つ人々のことを指し、『クラッカー』が悪意を持って破壊行為を行うサイバーテロリストのことを指すということなのだ。

 ふーん、なるほど。そのことを知っただけでも本書を読んだ意味があるというものだ。というのも本書にはインターネット創世記から現在(本書の単行本が刊行されたのは2001年である)に至る紆余曲折とこれからの展望、さらにその世界が内包するあらゆる可能性と危険が余すところなく描かれており、そこには技術に関する専門用語が頻出してて、はっきりいってそういう世界に疎いぼくは、書かれていることの半分も理解できてないのだろうと思ったからなのである。

 だが、本来ならそういうおもしろさを半減しそうな要素があったにも関わらず本書はグイグイ読ませるリーダビリティに溢れているのである。

 タイトルになっている「The S.O.U.P.」は本書の主人公である周防巧が開発に関わった世界を熱狂させたロールプレイング・ゲームの名前である。ハイ・ファンタジーの双璧でもあるトールキンの「指輪物語」とグインの「ゲド戦記」の世界を包括して作られたゲーム世界は、完璧なグラフィック表現と練り上げられたシナリオが売りで、広大な仮想空間を旅し、本筋と波及していく枝葉のストーリーが限りなくイベントを繰り返してゆく夢のようなゲームなのだが、それがサイバー・テロ集団『EGG』に乗っ取られ、本来のゲーム世界が荒廃しているにも関わらず、その中では住人が生活し子どもまで生まれているという不思議な空間になっているのである。そしてその『EGG』が世界に対して宣戦布告をし、インターネットを用いて誰も考えたことのないサイバー・テロを起こしてゆくのだが・・・・・。

 いやあ、これは読み応えがあった。途中、登場人物たちの目的自体が拡散して指標が見えなかった部分もあったのだが、これはぼくの理解が作者の筆についていってなかったのだろう。とにかく、十年近く前に書かれた作品にも関わらず、本書が鳴らす警鐘はネットに関わる者として、身に迫る恐怖をおぼえた。

 作者もあとがきで書いているが、もし本書の第二弾が出たら、必ず読みたいと思う。できることならぼくも作者のいうとおり、昼なお暗い「闇の森(マークウッド)」か「モリアの鉱道」で再会したいと思うのである。