読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

桐野夏生「OUT」

イメージ 1

 いまアメリカで英訳出版された「グロテスク」が大変話題になっているそうである。いやあ、すごいことだなぁ。日本の作家の本が海外で話題になるのは、それが贔屓の作家でなくともなんとなくうれしいものだ。桐野夏生は他にも全世界的なプロジェクトである<新・世界の神話プロジェクト>にも唯一の日本人作家として参加するということで、いやあ、ほんとに喜ばしい限りである。解説しておくと、このプロジェクトは物語のルーツともいうべき神話を世界各国の作家に語り直してもらうというもので、現在32カ国の参加が決まっている。これは、いままでにない壮大な企画でもあり、シリーズ100番目の作品が刊行されるのは2038年3月の予定だそうである。う~ん、ますます凄いぞ。

 そんな全世界的にも注目されている桐野夏生なのだが、彼女が俄然注目を浴びたのが今回紹介する「OUT」なのだ。この作品は1998年に第51回日本推理作家協会賞を受賞し、2004年には惜しくも受賞は逃したがアメリカの乱歩賞とでもいうべきエドガー賞にもノミネートされている。ぼくがこの本を読んだのは1998年。もう十年近くも前だ^^。上下二段組で450ページ近くもある本だったが、その分量が気にならないおもしろさだった。

 ぼくが感じた素直な感想は本書はリアルな話ではないということだ。だが、そうであるにも関わらずまったく非現実な話でもないと思う。強烈なリーダビリティでもってグイグイ引っぱられる物語ではあるが堅実に着実に緻密に練りあげられた物語はラストに至って一気にリアリティを失う。これは読んだ人しかわからないことだが、勢いにまかせて書いてしまおう。

 要するに、佐竹と雅子の同族としての悲劇は、もっぱら作者のひとりよがり的な印象しか与えず、読者にとってすんなり理解できる類のものではなかったということなのだ。しかし、実際のところそのひとりよがりな解釈をまるで写真を切り取ったかのように、明確に現実として位置づけようとする作者の手腕に舌を巻いたのも事実なのだ。

 この作者は確かな感性をもっている。研いだナイフのように鋭利で冷たい光を放っている。それは本書の主人公である雅子に象徴される孤高の極みであり、極北のストイシズムでもある。ぼくが思うに、この人の対極にあるのが宮部みゆきなのだろう。

 本書は主婦を主人公に据えながら、まさしく生粋のハードボイルドだ。それも、今まで読んできた多くの主人公の中でもとびっきり冷たく、乾いた造形で描かれる主人公である。

 ぼくは本書で初めて桐野作品に接したのだが、これを読んだあと十年近くも彼女の作品を読めずにいた。

 なぜならば、これ一作で十年分お腹一杯になってしまったのだ。