本書では、非常に貴重な作家の創作秘話が語られている。短編の名手といわれている阿刀田氏の小説を書く極意が語られていてとても興味深い。阿刀田氏の作品はいわゆるアイディア・ストーリーと呼ばれるものが多く、分類的にはダールやサキやコリアのような『奇妙な味』系統の作品がメインだと認識しているが、一方で本書のようなエッセイとも教養書とも呼べるような小説以外の本も数多く書かれていて、ぼくは以前に「恐怖コレクション」という本を読んだことがあるのだが、これがめっぽうおもしろかった憶えがある。ま、いってみれば、なんでもこいなんですね。
で、久しぶりにそんな彼のエッセイを読んでみたのだが、これは非常にタメになった。様々な事柄からヒントを得て、それをまるでパンを捏ねるように料理し、作品へと仕上げていく過程がいろんなアプローチで紐解かれていて、読みはじめるとたちまち引き込まれ、ほとんど一気に読んでしまった。
彼はアイディアを発見する瞬間を『猫の耳が立つ』と表現する。惰眠をむさぼっている猫が獲物を前にするとたちまち全身を緊張させ、ピンと耳を立てることからの連想だ。いつ猫の耳が立つかはわからない。
それは友人の葬儀に出席しているときかもしれないし、日常の会話の中でのふとした疑問からかもしれない。しかし、アイディアだけでは作品は成立しない。それは小説作法の第一工程であって、第二工程ではそのアイディアを加工して作品として完成させなければならないのである。そのため阿刀田氏はアイディアの発露を『備忘録』につけているという。そこには、気になったことやちょっとした雑学など作品の原型となるものが数多く書きとめられていて、窮地に立たされたときにはいつでも開けるように常備してあるのだ。以上のようなことが十二章に分けられて縦横に語られる。そこではどんなアイディアがどういう風に加工されてどんな作品に仕上がったとか、また過去の有名作を例に出しそれを違った角度から検討してみたりと、小説という商品を完成させるためのあらゆる手立てが平易な文章でわかりやすく語られるのである。第一線で活躍してきた作家としての自負などがチラホラと垣間見えるところなどはご愛嬌。それは仕方のないことだろう。
とにもかくにも本書は小説好きや小説家を目指す人にといっては、興味尽きない格好の読み物になっていることは間違いない。本書を読めば、小説を表面的でなく構造的にもとらえることができるのではないだろうか。う~ん、ほんとタメになったなぁ。