読書の愉楽

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アナトール ・ル・ブラーズ編著「ブルターニュ幻想民話集」

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 本書にはいまからおよそ100年ほど前のフランス、ブルターニュ地方の恐い話、不思議な話が97話収録されている。すべての話が、この地方に住む様々な人々から実際聞いてまわったインタヴューであり、いわば本書はフランス版遠野物語の様相を呈しているのである。

 読んでみればわかるが、この地方はフランスといってもちょっと我々の想像するフランスとは違っていて、どちらかといえばアイルランドスコットランドウェールズ、コーンウォルなどのケルト文化が色濃く残る地方であって、風俗・文化などはフランス中央部とはまるっきり違うのである。そういう地方に残る伝承や昔語りの話は不可思議な要素の中にも決まり事などがあって、信じられない出来事に遭遇した人々がとる行動に一見不可解な手順があったり、なんとも奇妙な対処法が示されたりして興味が尽きない。また物語の主人公が遭遇する災難のほとんどが死で終わるのも、独特だなと思った。彷徨う霊や、不安な予兆に決然と立ち向かい、立派に解決しても最後には死ぬのである。でも、その死は神に祝福された死であって、天に召されるという意味でハッピー・エンドなのだ。なんとも、おもしろい。

 また、逆に主人公が最悪な目にあう話では、それはもう救いようのない恐ろしい目に逢ってしまう。それは身体をバラバラに引き裂かれて死んだり、六匹の栗鼠に心臓を齧られて死んだり、歯が腐って頭が倍以上に大きくなって死んでしまったりと大変な惨状なのだ。

 腐った死体が登場する話もあるし、アンクーという死神が登場する話もあるし、失われた都市『イス』が登場する話もある。おそらくダンセイニ卿あたりは、こういう話に埋もれて暮らしていたのではないかと思われる。なんとも不思議で奇妙で恐ろしい話ばかりなのだ。

 ラスト近くに収録されている地獄の章の話では、悪魔に連れ去られた男が馬に乗って地獄から逃げる話があるのだが、その逃げ方はイザナギイザナミの死霊から逃げる黄泉の国脱出行と瓜二つなのに驚いた。

 世界にはこれと似た話が多いのだろうか。確かギリシャ神話のオルフェウスの冥府巡りの話も似たような話だったなぁ。そういったことなどを思いながら、楽しく読了した。こういう異文化の昔話は、ほんとうに物語好きにとって大変おもしろいものである。

 尚つい最近、藤原書店からアナトール・ル=ブラース 『ブルターニュ 死の伝承』という700ページ強の本が刊行された。値段も9240円と非常に高価な本である。これは、おそらく今回紹介した本の母体を完訳したものであると思われる。こちらを読んでみるのも一興かもしれないが、ぼくが思うにこの「ブルターニュ幻想民話集」を読めば、それで事足りるのではないだろうか。解説によれば重複する話もあるということだったしね。