読書の愉楽

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曽野綾子「消えない航跡」

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 念願の曽野綾子ミステリー短編集を手に入れ、めでたく読了した。書かれた時代が時代なので、やはり風俗や金銭感覚などに大きな隔たりを感じてしまうが、それはそれでご愛嬌というところか。

 ミステリ集ということだが、本来の意味でのミステリとしての興趣は希薄だ。人が死に、謎が残り、それを解明する過程は描かれるのだが、そこにトリックや奇妙な動機やロジックなどは介在しない。

 その中でも、表題作でもある「消えない航跡 」と「殺人ナイター」、「人生の定年」の三作はミステリ色が強く押し出された作品で、死の真相をめぐって話が展開される。なかでも一番おもしろかったのが「人生の定年」だ。保険会社の財務課の部長である男が停車しているダンプカーに追突して死んでしまうという発端から、いったいそれが事故なのか自殺なのかそれとも他殺なのかという謎が生まれ、様々な憶測をはらんで最後まで飽きさせない展開だった。ただ、ラストの真相部分においてカタストロフィは得られなかったのだが。

 そういった意味では「殺人ナイター」も、なかなかおもしろい展開だった。ここでは、本筋の殺人事件の他に昔に起こったある凄惨な殺人事件が語られるのだが、ラストに至ってそれが解明されないまま終わってしまうのである。これはある意味、新鮮だった。サブストーリーとはいえ、一度俎上にのせた話を解明しないまま終わってしまうところに、気前良さというか作者の度量をみたおもいがした。

 「消えない航跡」は真相自体に余韻が感じられ、記憶に残る作品となった。明け方に発見された海に浮かんだ船員の死体。日本各地に女のいるその船員の過去を探っていくと、なんともやりきれない真相が浮かび上がってくる。まさか、そんなことになっているなんて思わなかったので、これはある意味驚いた。

 その他の作品は、ミステリとしてはいささか弱い作品なのだが、これはこれで味わい深い。

 「すべての船は過去をのせる」は、アメリカへ転勤になった夫の元へ向かう女性が、長い船旅の間に出会ったある男の身上について探っていくという話である。これは二転三転する真相部分が読みどころ。実際のところ人生にはこういう体験が侭あるのではないか。

 「紅葉」は、妹の自殺の真相を探る兄の話。これは、あまりピンとこなかったなぁ。こういう感覚は得意でない。

 「真珠ホテル」は、詐欺とカラスの話。短い作品だが、これは結構おもしろかった。

 というわけで、念願の曽野ミステリーそこそこ満足いたしました。