読書の愉楽

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ジョナサン・ケラーマン「大きな枝が折れる時」

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 小児専門精神科医アレックス・デラウェアを主人公とする傑作ハードボイルドである。これは読んだとき鮮烈な印象を受けた。

 サンセットブルヴァ-ドの高級アパートメントで精神科医と女が惨殺される。唯一の目撃者である七歳の少女は、怯えて証言できる状態になかった。

 事件を担当する刑事マイロは少女の証言を引き出すために、友人であるアレックスに捜査協力を依頼する。アレックスは33歳という若さながら激務からワーカホリックになってしまい、引退して投資で生活している身である。いわば隠遁生活者だ。

 そんな彼が殺人事件の捜査協力をすることによって、自分でも気づかなかった能力に目覚めてゆく。

 扱われる事件はとても後味の悪いものである。正直辛くって、やりきれないくらいだ。ここで描かれているのはアメリカの暗部だ。恥部といってもいい。認めたくはないが、やはりこういうことは実在するのだ。そんな暗くて忌まわしい現実にアレックスとマイロは怯むことなく挑んでいく。本書を読んだ当時は、アメリカってほんと怖いとこなんだなと思っていたが、いまでは日本も本書で描かれているような犯罪を畏れなくてはならなくなってしまった。本書のタイトルはとても象徴的なタイトルなのだが、本書の真相がわかったときこのマザーグースから引用されているというタイトルの意味が深く心に染みてくる。

 でもそんな辛い話なのに、本書はやっぱりおもしろいのだ。500ページを越す厚い本なのに、そんな長さがまったく気にならない。

 アレックスの人物造形が素晴らしい。彼のスタイルは、ぼくの大好きなリュウ・アーチャ-を彷彿とさせる。事件の様相もそうだが、この作者ロス・マクドナルドの影響を多分に受けているように感じた。彼の精神科医ゆずりの洞察力にも感嘆させられる。まったく、アレックスは男のぼくから見てもすごくカッコいいのだ。彼の脇をかためる登場人物たちもとても魅力的だ。誰もがそこに息づいている。

 斯様に本書は一読すれば、忘れがたい作品なのである。

 いまでは絶版なのだろうが、比較的簡単に手に入ると思うので、未読の方は是非お読みいただきたい。