読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

伊集院静「羊の目」

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 私生児として生まれ、ヤクザに育てられた神崎武美。彼の戦前から現代までの修羅の道を描いた連作長編が本書「羊の目」だ。夜鷹の子として生まれた神崎は、浅草で売り出し中の侠客 浜嶋辰三によって育てられる。生みの親を知らない神崎は見ず知らずの自分を育ててくれた辰三を生涯敬い彼こそが真実の親だと盲信して命をかけて忠誠をつくす。連作ゆえそれぞれの作品で時代も変われば物語の中心となる人物の視点も変わってゆく。実際の日本が歩んだ戦前から現代までの道のりと極道の変遷をなぞらえて、そこ
にフィクションとしての物語をトレースしてゆくのだが、これが完全なフィクションではなく現実の裏社会の変遷と微妙にリンクしているところがおもしろい。また各編の切り口が予想をこえたもので、それぞれの状況が新鮮で楽しめた。ただ、それぞれの時代の明確な記述がまったくないので、主人公である神崎がいったい何歳くらいなのかよくわからないのが気になった。それと神崎が完璧な殺人マシーンとして確立されてゆく部分があまりにもさらっと描かれているので信憑性が薄れた上に御都合主義が鼻についた。

 

 ヤクザと一括りにいってしまえばそれまでだが、そこにはただ暴力的で残虐なだけの世界だけではなく昔から生き続けている侠客や博徒といった『義』を重んじる熱い男の心情があり、それは時代物における武士の世界に通じていて気持ちを鼓舞させる。しかし、それと同時に非情で信じられないような裏切りも描かれ騒然となってしまう。

 

 というわけで少し不満もあったが本書は任侠サーガとして楽しめる本なのは間違いない。