歩いても歩いても目的地に着かないジレンマに嫌気がさしてきたころ、まるでカーテンか何かをくぐりぬ
けたように一歩で景色が変わり、その場所に到着した。
そこは燃える園だった。すべてが炎に包まれ黒々とした煙が渦巻き灼熱の空気が顔面に吹きつけてきた。
ぼくは太陽に着いたのだろうか?この世のものとは思われない光景に心を奪われながらも、頭の中では懸
命に居場所を特定しようとあれこれ候補地を吟味していた。
しかし、ここが太陽でないのなら他に思いつくのは地獄しかないのだ。もしかするとドゥリンの禍か。
ひょっとしたらバルログの大群が押し寄せてくるのか?
思考だけがとめどなく流れ渦巻き寄せては返す。まるでいま目の前にくりひろげられている災禍のような
紅蓮と黒煙のように。
しかし、ぼくはここに来ることになっていたのだ。目的地はこの地獄のような地だったのだ。だからぼく
は彼女を見つけた。炎の中で燃えずに生き残っていた彼女を。真紅の衣のように赤く輝く彼女を。
ぼくは彼女を抱いて、その地をあとにした。炎の向こうは夕焼けの町だった。魚を焼く香ばしくて懐かし
い匂いを嗅ぎながら、ぼくは彼女を抱いて川沿いにある六畳二間の薄汚れたアパートにやってきた。
昨日ぼくは交通事故にあった。夜勤のパン工場で働いている彼女が朝帰ってくる時間に合わせて近所のコ
ンビニまで自転車で迎えに行ったときのことだった。携帯を操作しながらフラフラ運転していた出勤途中
のオヤジの車とブロック塀の間に挟まれぼくは左足をもぎ取られて出血多量で命を落とした。
彼女はぼくの死体を目にすることなく帰途についた。野次馬根性のない彼女は人だかりを避けて帰ったの
だ。だからぼくは失意に沈む彼女を再び迎えにきた。しかし彼女の意識は真紅だった。燃えさかる紅蓮の
炎だった。彼女の怒りは世界を焼き尽くした。ぼくはその中を歩いた。そして赤く眠る彼女を見つけた。
彼女はいまぼくの腕の中。歩いても歩いても目的地に着かなかったのは左足がなかったから。
彼女を連れて帰るときも時間がかかった。左足がなかったから。
そうだ、今度はなくした左足を探しに行かなくては。
そうすれば、スープが冷める前に彼女を迎えに行けるのだ。