夏はやっぱり怪談だと思って七月末からこの本を読み出したのだが、途中何冊か他の本に浮気したため、読み終えてみればもう初秋だ。なんとも締まりのない話である。
12篇の短編がおさめられているのだが、不勉強なことに知ってる作家も読んだことのある作家も一人としていなかった。英米ではそこそこ有名なのだろうが、原書で読むなんて真似のできない身にとってはまとめて紹介されないことにはお目にかかることもない作家ばかりで、なんともうれしい限りである。
またマニアックな御三方だからこそ、こういうアンソロジーが実現するわけで、今後もこういう本を続々出していって欲しいものだと思った。
収録作は以下のとおり。
◆ 「追われる女」 シンシア・アスキス
◇ 「空 地」 メアリ・E・ウィルキンズ-フリーマン
◇ 「黄色い壁紙」 シャーロット・パーキンズ・ギルマン
◆ 「名誉の幽霊」 パメラ・ハンスフォード・ジョンソン
◇ 「証拠の性質」 メイ・シンクレア
◆ 「蛇 岩」 デイレク夫人
◇ 「冷たい抱擁」 メアリ・E・ブラッドン
◆ 「荒地道の事件」 E&H・ヘロン
◇ 「故 障」 マージョリー・ボウエン
◇ 「宿無しサンディ」リデル夫人
この中で印象深かったのはやはり目玉とされている「黄色い壁紙」だ。といっても、この作品に身も凍るような恐怖やホラーとしてのおもしろさを期待してはいけない。この作品で描かれるのは、静かに壊れていく人間の不気味さだ。狂気によって崩壊していく人間の怖さがゾクゾクと浸透してくる。神経の不調を治すために夏の休暇中あてがわれた植民地風の邸。医師でもある夫は妻をその邸の古びた子供部屋に囲ってしまう。その部屋には黄色い壁紙が貼られていた。不潔な感じの黄色い壁紙。けばけばしい模様。忌み嫌う壁紙に意識を囚われていく女。やがて訪れる最悪の光景。
イメージ的なインパクトはかなり強い。ぼくもこんな光景見てしまったら卒倒してしまうかもしれない。たった一行で狂気が表出する描かれ方も秀逸だ。これはなかなかの傑作だと思った。
その他の作品で印象に残ったのは異郷での怪異を描いた「告解室にて」、ラストでのカタストロフィが最も効果的に引き出された「蛇岩」、因縁が恐怖を呼ぶ「空地」と「故障」、幽霊譚というより少々オカルティックな「宿無しサンディ」といったところか。そういえば「荒地道の事件」もオカルト探偵っぽい筋運びがなかなか楽しめた。
全体的には、やはり書かれた時代が時代なだけに総じてゴシック的な静かな恐怖譚だという印象だった。
オチがみえみえの作品もあったし、なんだこんなオチかよと思う作品もあったが、悪い印象ではない。
読み終わってみれば、こういった怪談は夏よりむしろ今ぐらいの秋から冬にかけての静かな夜に楽しむべき本なんじゃないかなと我田引水的に思ったりもした次第である^^。