読書の愉楽

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東雅夫編「文豪怪談傑作選 特別篇 文藝怪談実話」

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 ちくま文庫のこの文豪怪談傑作選は一冊で一人の作家が描く怪談話を特集していて、まことに魅力的なシリーズなのだが、あいにくぼくは一冊も読んでいない。こういう怪談話はやはりアンソロジーのほうに惹かれるのだ。本書にはタイトルからもわかるように近代から現代にいたる錚々たる顔ぶれの文士たちの体験にもとづく怪談話が収録されている。ただ一つ川端康成の「香の樹(『海の火祭』より)」だけがその範疇の外にあるように思うのだが、まあそれはいい。久しぶりに川端作品を読んだが、こんなにペダンティックな作品を書いていたとは驚きだ。これが処女作のようだけど、いままで読んできた川端作品とは違った感触だった。それを知っただけでもこれはめっけもんだ。

 

 その他の作品はすべて実話をもとにした話ばかりで、それぞれリアルな恐怖を伝えてくれるが、この中で圧巻はやはり田中河内介の話である。本書の中では徳川夢声、池田彌三郎、長田幹彦、鈴木鼓村の四名がこの稀代の怪談話を披露しているが、おもしろいことにそれぞれ詳細が少しづつ違っているのである。この怪談話は二段構えであり、元の怪談にかぶさる形でとどめの怪談が語られる。詳細は実際に作品に接して頂きたいのだが、この怪談がそれぞれの語り手によって幾重にも繰り返される。同じ話を何度も読まされる側としては本来なら疎ましいはずなのだが、これが案に相違して恐怖の相乗効果をあげているのである。さっきも書いたとおり、この話は語り手が変わるごとに少しづつ様相を変えてゆく。それはあきらかに齟齬として読み手に認識される。しかしその齟齬は歪みとして物語を呑み込んでゆく。歪みはあたかも怪談自らが発する怨念のような効果をあたえる。いってみれば、判明しない事実によって引き起こされる不気味さとでもいおうか。まさに『藪の中』を地でゆく話なのだ。
 これと同様に佐藤春夫稲垣足穂の語る三階建ての化物屋敷の話も同じ題材を違う視点で語る妙味を味わえる。
 その他の体験談にいたっては、さほど怖さは感じないが臨場感にあふれていて、書き手のバラエティに富んでいることも相まってかなり楽しめる内容となっている。
 というわけで、この本、怪談好きにはかなり楽しめる内容となっている。未読の方はどうぞ読んでください。