読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

朱川湊人「都市伝説セピア」

イメージ 1

 この人は非常に安定した書き手だと思う。リーダビリティに優れているし、各編趣向を変えて飽きさせない工夫がある。例えば巻頭に配されてる「アイスマン」。

 これは主人公が過去を回想する形で物語が綴られる。彼は高校時代に精神的にバランスを崩してしまい夏休みの間田舎の伯父の家にやっかいになる。そんなある日、地元で催される夏祭りの縁日に出かけた彼はそこでなんともいかがわしい見世物に遭遇する。ワンボックスカーに積まれた冷蔵庫という形で展示されている『それ』は河童の氷漬けだった。小山のように大きくて異臭のする不気味な主。その主となんらかの関係がありそうな可愛いが前歯の抜けた少女。そして茶褐色に変色したどことなく不吉な氷漬けの河童。物語は読者の予想を快く裏切り、ラストにはタイトルの意味が氷解する仕組みになっている。これから起こることではなくすでに起きてしまったことを語る場合、語り手はそこに必ず陥穽を設ける。それは確信犯的な行為であり、読者もそのことを知りながら必ずその落とし穴に嵌められることになる。しかし、この手法はあくまでもそれをうまく操る技術を持っていてこそ成功する。この作品を読んで朱川湊人の安定した技量を確信した。

 次の「昨日公園」も然り。これも過去を回想する物語だ。ここで語られるのは親友を救えなかった少年の話。彼は何度も同じ日を繰り返す。夜には死んでしまう親友を救うために。しかし、彼がどう防ごうとしても親友は必ず死んでしまう。それも回を重ねるごとに惨たらしく死んでしまうのである。この悔恨の思いはストレートに読者に伝わってくる。悲惨な出来事が待っているのがわかっているのにそれをどうすることもできないという、身をバラバラに引き裂かれるような思いがズンと胸に堪える。そしてラスト、これらが見事に反転して思いもよらない結末を迎える。

 これに対して「フクロウ男」はとてもオーソドックスな物語だ。都市伝説を体現しようとした男の顛末を描いている。しかし、これがラストに至ってアッ!と言う結末を迎える。そうかー、こうくるかー、しかし油断してたな。まさかこんなことになってるとは・・・。

 「死者恋」はサイコスリラーの佳品。しかし、これはラストがみえみえだった。ちょっとチープな結末だ。でも、それまではかなりおもしろい。こういうシチュエーションの話はちょっと知らない。

 ラストの「月の石」は、本短編集中でいちばん奇妙でいちばんせつない作品だ。これはどういう展開になるのか予想がつかないという意味でとてもスリリングであり、真相がわかった段階でまだ結末を迎えず、畳みかけるようにしてパタパタと物語が転調し、とても温かいラストを迎えることになる。

 まるで優等生な出来上がりがちょっと気にくわないが、でもおもしろかった。作者の筆にのせられた。

 以上5編スルスルと読めてしまう非常にお手軽な作品集だった。すでにこの作者はデビュー作にして模索の段階を抜けている。それは、各短編からにじみでる安定感が物語っている。

 この一冊を読めば、この人はこれからも一定以上のレベルの作品をずっと書き続けていく作家なのだということを思い知ることだろう。