読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

クライヴ・バーカー「ミッドナイト・ミートトレイン」

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 クライヴ・バーカーはなかなかユニークな作家で、小説を書く前に色んな場面を絵に描いてみるのだそうだ。そうやってイマジネーションを高めていくらしい。なるほど、それは物語を構築する上でかなり有利なことだと思う。大方の作家はその作業を頭の中で済ましているはずだ。しかし、それが実際紙の上で再現されると、その効果は絶大なものになると思われる。いってみれば、挿絵と同じなのではないか。だから、ぼくは一度でいいからバーカー自身が挿絵を描いた本を読んでみたいと思っていた。

 

 その望みは何年か前に出た「アバラット」で叶えられた。作品自体は壮大なダーク・ファンタジーの序章にすぎず、また物語としてはイマイチだったのだが、挿入されている100枚にも及ぶバーカーが描いた彩り豊かな挿絵には圧倒された。いま手元にないので紹介できないのが残念だが、表紙はこんな感じ↓

 

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 そんなバーカーが初めてわが国に紹介されたのは、もう二十年も前のことである。ぼくはこの『血の本』シリーズ、まだ全部読んでない。読んだのは今回紹介する「ミッドナイト・ミートトレイン」のみである。

 

 本書には4編の短編がおさめられている。各短編バラエティーに富んでいて、素晴らしい。思ってたよりもクドくないのがよろしい。

 

 では、各短編の寸評いってみよう。



 「ミッドナイト・ミートトレイン」
 ホラー映画の定番である連続殺人鬼物。描写がエグイだけに行間から血の匂いが立ち上ってきそうな感じだ。単純な追うものと追われるものという展開ではなく、例えが古くて恐縮だがラストではあの「ツイン・ピークス」と同じ結末になってしまう。



 「下級悪魔とジャック」
 これは映画化すれば、さぞかしおもしろいブラック・コメディになるだろう作品。主人公がただのボンクラでなくなったときに読者はググッと物語に引き込まれることになる。こういう作品を血みどろの中で軽く書き上げてしまうところにバーカーの凄さというものが現われているような気がする。



「豚の血ブルース」
 バーカーの作品にはエロチックな要素も多分に含まれており、ちょっとした状況や描写に妙に刺激されることがある。この作品も美少年に対する衝動的なSEX願望がチラッと主人公の頭をよぎる場面があるのだが、そういうところにわけもなく興奮してしまった。ぼくはホモじゃないんだけどね。この作品は追いつめられていく少年と、それを死守せんとする男の物語である。ラストはいかにも的なパターンなのだが、それでもおもしろかった。



「セックスと死と星あかり」
 ゾンビ物の新パターンである。ラストは少しコメディじみている。この作品の舞台となる演劇世界はバーカー自身が身をおいていたところでもあるのでその内情が詳しく書かれており、ホラー要素よりも、そういった部分の方がおもしろかった。



「丘に町が」
 ユーゴスラビアなんていう異郷の地を舞台に、政治狂のジャーナリストとダンス教師のホモカップルが体験する想像を超えた出来事。ここで描かれる『何かが起こっているんだけども、いったいそれが何なのかわからない』という状況は、怖い。ブッツァーティの「何かが起こった」に似た展開なのだが、かなり読ませる。それにここで描かれる驚天動地の真相は、凡百の作家が束になってかかってこようとも思いつかないであろう、凄まじいイメージだった。



以上4編、みんな合格点を軽々とクリアしている。凄い作品集だと思った。