読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ピーター・ディッキンソン「血族の物語」

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 本書は、いわゆる児童書である。しかし、児童書にあるまじき長大な作品なのだ。なんせ、上下巻合わせて1000ページ近くあるのだから。

 

 そして今回、この本は「時代もの、大好き」の記事として紹介させていただく。一応体裁はファンタジーの部類になるのだろうが、描かれる世界が二十万年前のアフリカなので時代ものとしても通用すると判断した次第^^。

 

 本書に登場するのは人類の祖たちである。彼らが数々の困難に立向う姿を描いている。章ごとに視点が切り替わり各章で一人の子どもを主人公にして物語は進んでいくわけだが、やはり圧巻はラストの「マナの物語」だろう。ここでは人と人との戦いと、はじめて人を殺してしまったマナの苦悩が描かれる。人間の本質を問う章である。

 

 転じて一番楽しいのは「コーの物語」だ。いつも空想ばかりしている、やんちゃ盛りのコーが一人前の男としてみんなに認めてもらおうと奮闘する。そして他民族と関わり異文化との邂逅を果たす。

 

 全編通して原始の世界で生きる死と隣り合わせの過酷な状況が描かれ、各章の間には本編とシンクロする形で「最初のものたちの神話」が挿入される。これが人類の祖たちの基本概念を象徴しており、読者も自然と二十万年前のアフリカの地を旅することになる。

 

 人間が野生と理性の狭間で激しく揺れていたこの時代を、まるで見てきたかのように活写するディッキンソンの手腕には脱帽した。

 

 余談だが、ディッキンソンはなかなか変わり種の作家で、主人公の階級が巻を追うごとに下がっていくという〈ピブル警視シリーズ〉が以前早川ポケミスから出ていた。「ガラス箱の蟻」「英雄の誇り」「眠りと死は兄弟」「盃のなかのトカゲ」と4作刊行されてたのだが、いまでは絶版である。ぼくも読もうと思って集めているのだが「盃のなかのトカゲ」だけがいまだに手に入らない状態だ。そうこうしているうちに今年の6月論創社より「英雄の誇り」と「眠りと死は兄弟」の間に発表されていたシリーズ第3作「封印の島」が刊行された。日本の出版社もどういう考えで刊行しているのかよくわからない^^。

 

 かと思っているとひと月遅れで児童向けファンタジーの「ザ・ロープメイカー―伝説を継ぐ者」も刊行された。影山徹氏の表紙が素敵な逸品で是非とも手元に置きたい一冊である。

 

 その他チンパンジーが探偵役を務める『バカミス』の「毒の神託」なんて作品があるかと思えば、パラレルの英国王室を舞台に繰り広げられる少々毒の効いたオフビートなミステリ「キングとジョーカー」なんて傑作もある。

 

 なかなかに悩ましい作家なのですよ、この人は^^。