読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

貴志祐介「クリムゾンの迷宮」

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貴志祐介氏はこのところミステリーが続いてるようだが、ぼくはホラーを切望してやまない。

有名な「黒い家」でその才能に狂喜乱舞し、「天使の囀り」で一発屋でないことを確信させたこの作家

は、今回紹介する本書のような不気味でサスペンスに富んだ作品も書いているのだ。またこういう作品

で驚かせて欲しいではないか。

などとエラそうなこといって「青の炎」も「硝子のハンマー」も読んでないのだが、とにかく彼のホラ

ーが読みたい。そう強く思わせるのも、本書の印象があまりにも鮮烈だったからだ。

実際のところ冷静な目でみれば本書は先に書かれた「黒い家」や「天使の囀り」と比べて完成度は高く

ない。しかし、このリーダビリティはどうだ。無駄な描写を省いて、突き進んでいく疾走感はどうだ。

設定の曖昧さや、ラストの甘さなど指摘しようと思えばいくらでも難点はある。それでもぼくはこの本

が大好きだ。それほど本書の読書体験は強烈だったというわけだ。

とにかく強烈なサスペンスに惹きつけられた。いってみれば本書のメインは目新しくもない『ゼロサム

ゲーム』なのである。目が覚めれば奇岩が連なる異様な景色が広がる不毛の場所。傍にあった携帯ゲー

ム機に映し出されるメッセ―ジ「火星の迷宮へようこそ。ゲームは開始された」。まるでSFかと思わ

せる導入部から、物語は一気に極限のサバイバルに突入するのである。このサバイバル部分がすごい。

生き残る上での知恵、工夫が興味つきない。そして、携帯ゲームに導かれるようにして生き残りを賭け

た死のゲームが開始される。条件の異なる者が、お互いの手のうちを明かさずゴールを目指す。いった

いなんの為のゲームなのか?どうしてこんなところに連れてこられたのか?わけがわからないのだが、

そんなことにかまってる余裕はない。もう殺し合いは始まってるのだ。そうして読者も巻き込んで物語

はどんどん加速していく。

ゴールするためには他の参加者をすべて殺して、生き残らねばならない。しかし、普通一般人がいきな

り簡単に人を殺せるわけがない。いくら生き残るためとはいえ、見知らぬ他人の命を奪うなどできるわ

けがないのだ。だが中にはそういうことをなんのためらいもなく、やってのける人もいるのである。そ

の上そういう人物が特殊な薬の作用で、はてしない飢餓感にとりつかれたサイコキラーなってしまった

らどうなるのか?主人公は、否応なく追いつめられていく。どんどん追いつめられていくのである。

このあたりの盛り上げかたは、ほんとうに手に汗握るほどのサスペンスだった。

また、携帯ゲームに出てくるナビ役のキャラクターも不気味だ。無邪気に笑いながら首をはねるような

恐ろしさが滲みだしており、このキャラクターの一挙一動から目が離せなくなってしまう。このへんの

作者の呼吸は絶妙で、その恐怖はとどまることを知らない。

中盤以降、主人公が音声だけで相手の動静をさぐる場面が出てくるが、このあたりの迫りくる恐怖もち

ょっと他では味わえないものだった。

いくら書き連ねても言い足りない。とにかく本書は素晴らしい。誰もが認める傑作だとは思わないが、

ぼく個人としてはこの本のリーダビリティとサスペンスはとびきり上質だったと思う。傑作だ。