読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

池井戸潤「シャイロックの子供たち」

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 この人は本書が初めてである。銀行畑出身で、江戸川乱歩賞を受賞してデビューしたというのは予備知識で知っていた。本書を手にしたのは、タイトルが気に入ったのと内容がミステリっぽくなかったからである。ここで断っておくが、ぼくは銀行と生命保険のことについては無知もいいとこで、その知識はおそらく中学生にも劣るかも知れない。だから、銀行の内情に精通した専門知識オンパレードのミステリなど、まったく理解できないと危惧したわけだ。といっても、未知の分野を扱っている作品に傑作は多いし、またそれを読んでおもしろかった本も数多くある。例えばダムの構造なんてまったく知らないのに真保裕一ホワイトアウト」はとても興奮して読んだし、航空知識なんて皆無なのにネイハム「シャドー81」やブロック「超音速漂流」なんて涙チョチョギレもんの傑作だと思った。そういう作品を読んで、『知らない世界を体験できるって、やっぱり読書っていいよなぁ。知識も広がるし』なんて思ったりもした。

 でも、銀行物に代表される経済ミステリーなどは一切読んでこなかった。どうも食指が動かなかった。収入印紙の意味がまだよく理解できてない人間に、そんな本の内容が理解できるわけがないと思っていたのだ。

 で、本書である。舞台は東京第一銀行長原支店。ここで蠢く有象無象が連作形式で描かれる。最初にミステリっぽくないと書いたが、本書はミステリである。最後まで読んだらそうだった。ここがおもしろいのだが、第一話では謎は出てこない。ここで描かれるのは部下と衝突し殴ってしまう副支店長の姿である。第二話では、業務課に配属されたバンカーの重圧に耐える姿が描かれる。いたって普通の銀行の日常だ。どこにでもありそうな話だ。だが、第三話から様相が変わってくる。業務終了後の清算で百万足らない事実が発覚するのだ。この百万の紛失が呼び水となって、銀行内で暗躍する不穏な影がちらつくようになる。このあとの展開は、おもしろい。知らない間にページが進んでる。感心したのが本筋とは関係ない形で挿入される第四話「シーソーゲーム」。これのラストにはアッ!といってしまった。滑稽なのに肌が粟立つ感じだった。

 で、百万の紛失に端を発した事件は様々な人の手を介して、その真相が明かされることになる。ラストでは、予想もつかなかったどんでん返しもあった。まさか、こんなことになっていようとは・・・。

 というわけで毛嫌いしていた銀行を舞台にした本書は、大当たりだった。この人、他の作品も読んでみたくなった。実力のある人だと確信した。ほんと、おもしろかったなあ。