読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

J・P・ホーガン「星を継ぐもの」

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 この本も、元々まったく読む気のなかった本だった。SFは読むけど、ハードSFとなると専門的な知識がないので二の足を踏んでいた。

 じゃあ、どうして本書を読む気になったのかというと、それは当時(1986年)指針として大変重宝していた文春文庫の「東西ミステリーベスト100」という本に本書が載っていたからなのだ。

 この本、週刊文春で特集されたミステリーベストの企画に『あらすじ』と『うんちく』を書き加えて文庫化したもので、当時ようやく海外のミステリに手をつけようとしていたぼくにとって、まさしく願ったり叶ったりの本だったのである。この中で、海外篇にだけ101位から198位までの海外ミステリを紹介した一覧表がついていた。本来あまのじゃくな性格のぼくには、みんながみんな評価する傑作よりもこういった本選からはずれた本のほうに目がいってしまうという悪いクセがある。実際、100位以降の作品の中で101位だったスタンウッド「エヴァ・ライカーの記憶」は、ぼく的には1位にしてもいいくらい素晴らしかったし、135位のブランド「緑は危険」は38位の「はなれわざ」より90位の「ジュゼベルの死」よりも上位にくる作品だと思った。138位のマクリーン「恐怖の関門」も141位のウッズ「警察署長」もぼく的には20位以内におさまるべき作品だと思う。

 で、そういった圏外の作品の中に本書「星を継ぐもの」の名があったのである。SF作品なのにミステリ読みのプロ達の評価を受ける作品とはいったいどんな本なんだ。

 その興味だけで手に取った。

 素晴らしかった。ハードSFがこんなにおもしろいなんて思いもしなかった。本書のあまりにもリアルな世界に感動した。壮大な物語に心を揺さぶられた。

 SFでこんなに興奮したことはない。というか、それまでの読書体験でもそんな経験は数えるほどしかなかった。

 本書で扱われる謎はとびきり素晴らしい。なんと月面で5万年前に死亡したと思われる死体が発見されるのである。その死体はなにものなのか?いったいどこからきたのか?あらゆる科学技術や知識を総動員して死体のありあまる謎を解いていく科学者たち。本書はその過程をあまりにも綿密に細部にわたって詳しく描いていく。単純な疑問がより複雑な疑問に波及し、たった一体の死体から驚くべき事実がどんどん明らかにされていく。この新事実を発見していく手順は、まさしくミステリそのもの。それもとびきり上質のミステリだ。

 物理学、天文学、生物学、考古学、言語学、工学、人類学、形態学、歴史学、遺伝学、月理学、そして数学理論。あらゆる科学に精通してないことにはこう綿密に科学理論を描けないはずである。ぼくは、まずこの点に驚いて感動した。なにもかもが初めて知り、理解するものだったからである。

 そして本書の真相はといえば、こんなにカタルシスを与えてくれるミステリはかつてなかったんじゃないだろうかと思えるくらい素晴らしいものだった。しばらく呆然としてしまった。

 というわけで本書は数ある海外ミステリ作品の中でもとびきり素晴らしい逸品だと認識をあらためた。

 SFとしても逸品でありミステリとしても逸品であるこの本、もし読まれてなかったら、これを読まない手はないと思うのですが、如何でしょうか。