読書の愉楽

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山口雅也の本格ミステリ・アンソロジー

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 角川のこの『本格ミステリ・アンソロジー』のシリーズも今回の山口雅也で4冊目となった。北村薫有栖川有栖法月綸太郎と続けて読んできたわけだが、毎回毎回その作家独自の視点でマニアックな作品が収集されており、いつものことながらどうしても買う羽目になってしまう。こういうアンソロジーにはめっけもんがあるんじゃないかと読む前からドキドキしてしまうのだ。

 

 で、ぼくも一目おいている生粋のミステリマニアである山口氏のアンソロジーなのだが、読了してみてどうだったかと問われれば、これがなかなか良かった。いままで刊行されたこのアンソロジーの順位を独断と偏見でつけるなら、1位法月、2位山口、3位北村、4位有栖川ということになるだろうか。後から出すほうが不利になるはずなのに、そっちの方がおもしろいという結果になった。ここで気がついたのだが、このアンソロジーのシリーズ一人重要な人物がすっぽり抜け落ちてるんじゃありませんか?そう、綾辻行人だ。どうしてこの新本格ムーブメントの契機となった御仁がこのアンソロジーシリーズに参加してないんだろう?そういえば彼は光文社のほうで瀬名秀明宮部みゆきと一緒に『贈る物語』というアンソロジーに参加していたではないか。あちらのアンソロジーは収録されている作品が割と有名な作品ばかりで半数以上が読んだか、持ってるかしてたので見送ったのだが、どうか綾辻氏にもこの『本格ミステリ・アンソロジー』でマニアックな作品を見繕っていただきたいものである。

 

 とまあ余談はこのくらいにして本書なのだが、いつものごとく収録作を紹介してみよう。

 

『意外な謎と意外な解決の饗宴』

 

 ・「道化の町」ジェイムズ・パウエル

 

 ・「ああ無情」坂口安吾

 

 ・「足あとのなぞ」星新一

 

 ・「大叔母さんの蠅取り紙」P・D・ジェイムズ

 

 ・「イギリス寒村の謎」アーサー・ポージス

 

『ミステリ漫画の競演』

 

 ・《コーシンミステリィ》より
    「Zの悲劇」
    「僧正殺人事件」
    「グリーン殺人事件」高信太郎

 

 ・「〆切りだからミステリーでも勉強しよう」山上たつひこ

 

『「謎」小説(リドル・ストーリー)の饗宴』

 

 ・「女か虎か」フランク・R・ストックトン

 

 ・「三日月刀の促進士」フランク・R・ストックトン

 

 ・「謎のカード」クリーヴランド・モフェット

 

 ・「謎のカード事件」エドワード・D・ホック

 

 ・「最後の客」ハル・エルスン

 

『幻の作家たちの競演』

 

 ・「ファレサイ島の奇跡」乾敦

 

 ・「新納の棺」宮原龍雄

 

『密室の競演Ⅰ(最後の密室)』

 

 ・「最後で最高の密室」スティーヴン・バー

 

 ・「密室学入門 最後の密室」土屋隆夫

 

『密室の競演Ⅱ(密室の未来)』

 

 ・「真鍮色の密室」アイザック・アシモフ

 

 ・「マイナス 1」J・G・バラード

 

 この中で特におもしろかったのがジェイムズ「大叔母さんの蠅取り紙」である。実をいうと彼女の作品はノンシリーズの「罪なき血」しか読んでおらずダルグリッシュ警部物もコーデリア・グレイ物も読んだことがない。ここに収録されている作品にはダルグリッシュ警部が登場するのだが、過去におきた事件の真相を探るという趣向のもと展開される物語は本格物のスピリットに溢れ、意外な犯人も素晴らしいが、ミステリとしての結構の美しさが際立つ傑作だった。

 

 もう一作ミステリとしてのサプライズが味わえたのが乾敦「ファレサイ島の奇跡」。これはブラウン神父物のパスティーシュなのだが、ラスト一行の鮮やかな手際は手堅く印象深い。

 

 宮原龍雄「新納の棺」も不可能犯罪を発端にスルスルと意外な事実が判明していき、ラストにいたってまんまと一杯くわされていたことに気づく逸品。詳しくは書けないが、トリックとプロットが巧みに相乗効果をあげていて秀逸だった。

 

 安吾「ああ無情」も山口氏が指摘している通り、よくもまあこの短い枚数の中にこれだけの濃い内容を詰め込んだものだと舌を巻いた。ミステリとしてもなかなかの出来で、このトリックには気づかなかった。

 

 また、うれしい発見だったのがストックトンの「女か虎か」に続編があったのを知ったことだ。「三日月刀の促進士」がそれなのだが、こうきたかと思わず唸ってしまった。これはアイディアの勝利だ。

 

 リドル・ストーリーの中では「女か虎か」よりもぼくはこちらのほうが素晴らしいと思っているモフェット「謎のカード」にも解決編らしきものが存在した。ホックの「謎のカード事件」がそれなのだが、これもなかなか健闘しているのではないか。さすが本格短編の名手である。

 

 密室物では土屋隆夫「密室学入門 最後の密室」がなかなかおもしろかった。厳密にいうとここで描かれるのは密室トリックではないのだが、逆手にとったおもしろさとでもいおうか、こういう描き方もあるんだなと感心した。しかしこの作品には密室物の超有名作品のネタばらしがあるので要注意。

 

 アシモフとバラードのSF組の作品は、これも密室物に分類するのが苦しい作品なのだが、可能性の問題としてこういうのもアリかなと思わせる作品。特にバラードの「マイナス 1」はシュールな展開とブラックなオチに笑ってしまった。

 

 というわけで、このアンソロジーなかなか楽しめますぞ。お得なアンソロジーといってもいい。

 

 未読の方は是非お読みください。



※ 気になったことがある。本書の巻末には出展一覧がついているのだが、その中に「世界最強の仕立」という作品名があるにもかかわらず、その作品は収録されてはいないのだ。収録を見合わせたということなのだろうが、気になる。なんていう作家のどんな作品なんだろうか?「ハヤカワ・ミステリ・マガジン」1974年1月号に掲載された作品なのだが、誰か知っている方がおられれば教えていただきい。