読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

谺健二「未明の悪夢」

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阪神淡路大震災がもう十年近く前のことだとは。

ぼくは当時京都の実家に住んでいて直接の被害は受けなかった。その瞬間も寝ていて気づかず、最後の

10秒ほどを体感しただけだった。しかし、その時に体験した揺れはいままでの生涯でいちばん強く感

じた揺れだった。まるで家ごとジェット・コースターに乗ったみたいな感じだった。出勤途中の大渋滞

の車の中でラジオから流れる死傷者数が、時間をおうごとにどんどんはね上がっていくのを聞いて慄然

としたのをいまでも憶えている。

その後、ぼくもおそまきながら復興のお手伝いをしに神戸に行った。4月頃のことである。震災から3

ヶ月たっていても、まだ倒壊しているビルや家があり、その非現実的な光景を目の当たりにして呆然と

した。あまりにも異質な光景に頭の整理が追いつかない感じとでもいおうか。それまでテレビなどで被

災地の被害状況はみていた。道路を横断する形で倒れたビルや、1階部分が押しつぶされたマンション

、まるで巨人の足で踏み潰されたようにぺしゃんこになった民家。でも、ブラウン管を通してみる映像

と、実際に現地で目にする光景とは圧倒的な違いがあった。

ありえない光景が、質量をともなって目に飛び込んでくる。その場の空気も一緒に脳みそに刻まれてい

く。しばらく、その場から動けなかった。

本書はその阪神淡路大震災本格ミステリを融合させた、きわめて異色な作品である。第八回鮎川哲也

賞を受賞した本書は谺健二のデビュー作でもある。

以前から本書の存在は気になっていた。その後何作か分厚いミステリを出しているのも知っていたし、

いくつかの書評でとり上げられているのも読んでいた。しかし、いままで手が出なかった。別に本書の

扱っているテーマゆえのことでもないし、新人だから敬遠していたというわけでもない。ただ、なんと

なくそうなってしまった。

それをいまになって読んでみたのである。これもさしたる意味はない。ただ、なんとなくである。

読んでみて思ったのは、ミステリ的にはさほどのものでもないということ、しかし震災の状況を克明に

綴った記録としての意義は大いにあるということ、の二点である。

ミステリの演出としては、消える死体、犯人消失、倒壊したビルに残された磔死体などなど不可能犯罪

的な要素がてんこ盛りで、そこはおおいにうれしいのだが、解決してみれば肩透かし的な印象は否めな

い。震災という異常時に起こる殺人という特異な状況でしか成立しないトリックは評価するが、ちょっ

と弱いと思った。

しかし、震災の記録としてはかなり書き込まれていて被害状況だけだはなく、当事者しかわからない様

々な混乱が描かれており、あらためて震災当時の状況がわかり興味深かった。

もうひとつ付け加えるならば、探偵役の女性占い師雪御所圭子が震災時に倒壊した家屋に生き埋めにな

り、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になってしまうことである。この展開には驚いた。探偵役が

自失して寝たきりになってしまうなんてミステリいままでにあっただろうか。

とにかく、本書を読んで谺健二は気になる作家となった。これからも追って読んでいきたいと思う。