傑作だ。映画「ブレード・ランナー」も映画史に残る傑作だったが(ルドガー・ハウアーの表情の秀逸なこと)、原作である本書はさらによい。
映画ではアンドロイドと人間の死闘に焦点が絞られてたが、原作ではその部分よりも異常な未来という世界観が詳細に描かれており、映画よりも数段上質な物語に仕上がっている。
『マーサの共感ボックス』や絶滅しかかっている動物たちをペットにすることに生きがいを感じている奇妙な未来の世界がなんとも心地よい。
さりげなくユーモアも顔をのぞかせ、ハードボイルドタッチに微妙な色合いをつけている。それにしても、本書の要となっている『人間の本質とはなにか?』、『自分は本当に人間なのか?』という疑問と一緒に暮らさねばならない未来とは、なんと恐ろしい未来だろうか。
安部公房の傑作「人間そっくり」もその命題を真に据えていて秀逸だったことを思い出した。あまりにも精緻に作られているため人間との違いがわからないアンドロイド。彼らの中には、自分がアンドロイドだということを知らない者もいる。主人公であるリックでさえ自分が人間かアンドロイドなのかと疑う始末である。
自分が人間だと証明するには、どうすればいいのだろう?
あたりまえのことを証明することが、どれだけ困難なことなのかよくわかる。そしてそれが本当に必要になったときに、それは困惑を通り越して恐怖となるのである。
本書では、その問題がスリラー面でのおもしろさを引きたてている。まわりの人間の誰かがアンドロイドかもしれないという疑念は、いやおうなくサスペンスを盛り上げている。
ディックの悪夢世界のはじまりだ。
アイディア、プロット、語り口、どれをとっても一級品の本書は安心してオススメできるディック作品のひとつ。SF作品に馴染みのない人も安心して読める作品だと思う。