だ幼い弟二人。家族全員が顔が陥没するほどハンマーで殴られ、無残に殺されてしまった。
奏子は心に傷を負う。深く黒い大きな傷。修学旅行先のホテルから担任に付き添われて東京に帰る四時
間の道程。奏子は、心的外傷ゆえこの『四時間』を何度も追体験する。
こわばった担任の顔。異常な速さで数字がはね上がるタクシーの料金メーター。途中寄ったパーキング
のトイレにいた吐く女。家族の身に何が起こったのかわからない焦りと、もうとりかえしのつかないこ
とになっているのがわかっている諦めのせめぎ合い。車内の張りつめた空気と身体が震えてくるような
不安。この長く暗い『四時間』の道程が彼女の心に深く深く食い込んでいくのである。
この第一章の緊張感はスゴイ。解説で高橋氏もいってるが、本書の第一章、第二章の緊張感は並大抵の
ものではない。手に汗握るサスペンスの緊張ではなく、脳が軋る音が聞こえてきそうなほどの緊張感に
あふれているのである。
第二章では、事件の犯人都筑則夫が東京地方裁判所に提出した上申書がそのまま挿入される。
ここでは犯人の主観によって事件の全貌が語られる。なぜ彼が一家惨殺事件を起こすに至ったか?
この章で読者は、あらましの事件経過を知ることになる。なるほど、そういう経緯があったのか。この
凄惨な事件の陰にはこんな事実があったのか。
そして第三章以降は大学生になった奏子が描かれる。心に負った深い傷とそれにどう折り合いをつけて
いくかという問題、被害者の遺族という立場とそれを取り巻く環境。
ここでこの物語は、虚構ゆえの展開をみせる。
犯人の都筑則夫には奏子と同い年の娘がいた。加害者の娘として、人殺しの娘として生きる未歩という
娘がいたのである。
奏子は自分の正体を隠して未歩に近づく。被害者側と加害者側の世にも稀な邂逅である。
この物語は凄惨な場面で幕を開けるのだが、読み終えてみると拍子抜けにも似た安心感がある。
とても穏やかで、ある意味爽やかなのだ。
二人の邂逅によって、いったいどういう化学反応が起こるのかと身構えてしまうのだが、そのへんこの
作者は必要以上に虚飾せずリアリティに徹した展開で、ある意味グイグイ読者を引っ張っていく。
静かな余韻が残った。