読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

荒俣 宏「ゑびす殺し」

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この本を開いたとたんに、脳みそをとろけさせる程の強烈な匂いを感じた。

異常な状況のなか、それぞれの物語はみなフリークスでありながら、きちんと正装してパーティの用意をしている。

まるで夢の中の出来事のようなこれらの物語たちが、ゆがんだ魔力を発しているのは確かである。

腐臭にも似た禍々しさの中に漂う幻想性。忌み嫌うべきものなのだが、惹きつけられるのも確かだ。

本書には五つの短編がおさめられている。

巻頭を飾るのは表題作である「ゑびす殺し」。殺しというからには犯罪がおこるわけなのだが、ここで殺されるのが、あの七福神の「ゑびす」だというのだから驚いてしまう。その他七福神オールスターで語られるこの異常な物語は、幸田露伴に捧げられている。


「長生譚」も寿老人が主人公の幻想譚。ラストの映像は、夢に出てきそうなほど忌まわしい。なぜ、こういう話が荒俣氏の手にかかると生臭くなるんだろう?この作品は夢野久作の文章を思い浮かべつつ書いたそうである。


「迷龍洞」は、かの九龍城が舞台。あやしげな界隈に龍が息づく。しのつく雨と、猥雑な場所。オカルトの匂いに彩られた素敵な幻想譚だ。この作品は五木寛之氏を心に念じて書いたそうである。


蟹工船」は、本書の白眉である。もちろん主人公は小林多喜二。荒俣氏の饒舌な文章によって現代に蘇るプロレタリア文学。だが、そこにはやはり生々しい腐臭が漂う。


「恋愛不能症」は、森林太郎が主人公の変則的な恋愛譚。ドイツで繰り広げられる正常と異常の狭間の物語は死を見つめる静謐な目が清々しくさえある佳品。本書は渡辺淳一氏に捧げられている。


以上5作品。それぞれ短い物語ながら、強烈な個性をはなって印象深い。

腐臭を放つ物語の好きな方は、是非どうぞ。