ジャンルを越えてそれなりの成果をおさめている器用な作家シモンズの処女長編である。
インドの魔窟カルカッタ。
腐敗と瘴気に満ちた魔都カルカッタ。
存在することすら呪わしい場所カルカッタ。
本書で描かれるカルカッタは、誇張されてる部分があるとはいえ悪夢の都市だった。
バラックのような崩れかけた建物。路上のあちこちに寝転ぶ痩せこけた人々。建物と建物の間に捨てられて積み上げられた生ゴミの山。独特の臭気。はびこる病魔。川に浮かぶ膨らんだ死体。
およそ、同じ人間が住む場所とは思えない、混乱と汚濁に満ちた場所だった。
本書の主人公ルーザックは出版社の依頼のもと、死んだはずなのに生きていて新作まで発表してるといわれるインドの大詩人M・ダースを探すため、妻子を伴いカルカッタに赴く。
そこで彼は、悪夢の中を彷徨うような体験をし、最終的には一生後悔することになる仕打ちを受ける。
前から感じていたことだが、シモンズは死体に執着するタイプの作家のように思われる。彼の描く死体の描写は生々しく且つ忌まわしい。
本書にも数多の死体が登場するが、そのすべてにおいてシモンズの執着がうかがえる。暴力によって命を奪われた死体、生前の面影を破壊された死体、死して物に変わってしまうことの恐怖。
シモンズが、本書で理不尽な暴力の悪循環を主人公に断ち切らせてみたかったと語っているように、主人公であるルーザックは自分が受けた仕打ちに対する報復を断念する。
読者としては、この終わり方に少し不満が残るかもしれない。だが、やられたらやり返すというこの短絡的な行動パターンを敢えて崩したところに本書の特異性があると思われる。
それが成功してるかどうかは読者の受けとり方次第ということだろう。
話は変わるが、このインドの破壊神カーリーとそれを信望する殺人集団を描いていて以前から気になっている本がある。
山際素男「カーリー女神の戦士」という本だ。
この本1989年に三一書房から出版され、1994年に集英社によって文庫化されている。この本の存在は「このミステリーがすごい! 89年度版」で知った。ランクインはしてなかったが、ものすごく気になった。その時気になった本に喜多川格「外道士流転譚」というのもあったが、いまのところどちらも積読本のままである。これを機に読んでみるのもいいかもしれない。