友人Tから聞いた話。
Tは霊感が強く、普段から霊を見る機会も多かった。そんなTが体験した一番恐ろしかった出来事は、いまから7年前に起こった。
当時つきあっていた彼女とデートした帰り。
彼女を家に送るため、山間を抜ける二車線道路を運転していたTは、霊に遭遇する前にいつもやってくる前兆を感じた。
どんよりしたイヤな感じが、首筋から背筋に広がっていく。
この先に、何かいる。
でも、何が待っているのかまではわからない。
彼女の方を見れば、一日遊んで疲れたのかコックリコックリ舟をこいでいる。
助手席側の窓が少し開いてるのが気になった。
とにかく、窓は閉めさせなければ。
しかし、必要以上に彼女を怖がらせてはいけないと思ったTは、彼女にこう言った。
「おい、窓閉めとけよ」
「え?なんで?」
「虫が入ってくるだろ」
何も言わないが真剣な表情のTを見た彼女は、尋常でない雰囲気を感じてとにかく窓を閉めた。
やがて、道の先に灯りが見えてきた。
自動販売機がポツンと設置してある。
それを見た時、Tはさとった。
あそこだ。あそこに何かいる。
すぐさま彼女にこう言った。
「おい、絶対窓の外を見るなよ。おれがいいと言うまで、目つぶっとけ」
「なんでよ?どうしたの?」
「いいから、おれの言うとおりにしろ!」
従う彼女。やがて車は、販売機がしっかりと見えるところまで近づいた。
はじめに目についたのは、販売機の前に置かれたバイクだった。
そのバイクの前に男がうずくまっている。
異様なのは、その男の身なりだった。
ボロボロだ。着てる服も何を着ているのかわからないくらいズタズタに裂けている。
目をあわせちゃいけない。
わかっているのだが、首がかってに動いて男の顔をまともに見てしまった。
眼鏡をかけていて、額には血がついている。顔が異様に青かった。
目があったとたん、男の口元がニヤッとするのまで見えてしまった。
だめだ。
来る。
通りすぎた瞬間、バックミラーを確かめた。
あいつがいた。
すぐ後ろにいる。
バイクにのって。
Tは、アクセルを踏みこんだ。
いきなり加速した車に驚いて彼女が悲鳴をあげた。
「絶対、目開けるなよ、大丈夫、おれがいいって言うまでギュッとつぶっとけ」
そう言いながらも、Tの目はバックミラーに釘付けだった。
追いかけてくるバイクの男が、一瞬にして消えたのだ。
どこへ行った?
いなくなったのか?
少しホッとしたのだが、もういいよと彼女に声をかけようと助手席側に目をやったとたん、窓の外にバイク男の姿を見て戦慄した。
こちらを見てる。
ギュッと目をつぶっている彼女を見ている。
どうしたらいいんだ。
いくらスピードを出しても、ぴったりついてくるじゃないか。
このままだと、事故ってしまう。
焦りが頂点に達しかけたその時、前方からバイクに乗ったカップルがやってきた。
あっ、と思った瞬間、バイク男の姿が消えた。
バックミラーを見ると、通りすぎていった二人乗りのバイクにぴったり寄り添って遠ざかっていくバイク男の姿が見えた。
助かった。
どうしたわけか、あっちについていってしまった。
もう、いいよ、もう大丈夫だと彼女に声をかけると、彼女は泣きだした。
もう、二度とこの道は通るまいと思った。
霊はよく見るが追いかけられたのは、はじめてだったそうである。